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と、そこで教室の扉が横にスライドした。
授業開始まで三分を切った今、すこし早いが教師が来たらしい。
一同の視線が扉に集まる。
顔を出したのは、少しずり落ちている眼鏡が印象的な女性だった。
腰まで伸びたストレートの黒髪をなびかせ遊びながら、女教師は黒板の前まで進む。
生徒たちは、何故かチャイムも鳴っていないのに各々の席へと戻っていった。
なんと言うか、いかにも真面目な生徒達が集ったクラスみたいな光景だったが、単に召喚学を早く学びたいだけだ。
これが数学や現国の授業だったら、チャイムが鳴ってから億劫そうに席に戻る生徒も珍しくはない。
「じゃ、また後でな。」
「ん。」
吉川も教師の存在を確認すると、実に嬉しそうに自分の席へと戻っていった。
ざわめきが水を打ったように静まり返る。
それでも、クラスを満たす雰囲気は期待に溢れていた。
今か今かと、生徒たちは教師の第一声を待ち望む。
一部始終を見ていた女教師は、"初々しいなぁ"と呟きながら微笑した。
「とりあえず、みんな進級おめでとう。……まだチャイムも鳴ってないし、先ずは私の自己紹介をしておこうかな。」
女教師がずり落ちた眼鏡をかけ直した。
すぐさま眼鏡はずり落ちて、その光景に女子の何人かが声を押し殺してクスリと笑う。
「まぁ、私は美術部と図書委員会の顧問もやってるし、皆もう私の顔くらいは知ってると思うけど。」
言いながら生徒たちに背を向けた女教師は、白いチョークを手に黒板に文字を連ねていく。
カツ、カツ、カツ……と軽快な音が教室に響いた。
漢字にして、三文字。
規則正しく、後ろの席からでも見やすい大きさで並ぶ文字を、生徒たちへと向き直った女教師が読み上げた。
「中里 響です。漢字だけだと"きょう"って読む人がたまにいるけど、私の名前は"ひびき"って読むからね。まぁ、大抵の生徒は中里先生って呼ぶし、多分きみ達もそう呼ぶだろうから、頭の隅っこにでも残しといてくれればそれで良いよ。」
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