心-シン-

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「イルカは…、田中の力(ちから)でしか救えない」 「…っ!!」 瞬間、頭の中でフラッシュバックしたのは、 イルカの背中の酷い怪我だった。 ――…あれを治せるのは、 紅蓮が持っていた、特別な“白い羽の力(ちから)”でしか無理なんだろう。 ハッとする俺の耳に、 ドオンッという何かが近くにぶつかるような音がして、 俺は目線を向けた。 「なぁにをやっとるんじゃ、マサ…。気が付かれる前に逃げろって言ったはずなんだがのぅ?」 ガラガラと瓦礫の中から起き上がって、 いつも通りの口調でそう言う。 「紅蓮…」 「よー、ササル。生きて会えてよかった」 瓦礫の中から現れたのは、 完全に満身創痍という状態の紅蓮だった。 その紅蓮が、ニッと笑ってスッとおもむろに体をずらした瞬間… 今まで紅蓮が倒れていた位置に、 光一が黒い武器を叩き込んでいた。 「――…この通り、俺はこいつを放って逃げれん」 トンッとものすごい跳躍力で後方へと飛んで、 紅蓮はそのまま再び炎の向こう側へと消えていった。 「紅蓮!!」 「早く行け!バカ共!」 腕を伸ばして紅蓮を引きとめようとするけれど… 俺の手は、当然のように…あの赤い鴉を引き止められる事は無かった。 「行こう」 悔しさをかみ殺していた俺に、 雅幸はただ無情にもそう言い放った。 ハッとする俺を無視して、 雅幸は出口に向かって歩き出す。 「雅幸…教えてくれよ、今!」 「さっちんは何が知りたい?」 ジタジタと暴れるけれど、 何度も雅幸の後頭部を叩くけれど、 俺を押さえる腕は全くもって緩む気配がない。 「紅蓮は…死ぬ気なのか?」 「…」 「イルカはどうなる?」 「…」 「アンタが最初に言ってた、助けられない一人って…紅蓮の事なのか?」 「…」 段々と近づく出口に、 俺はただボロボロと涙を溢れさせるだけだった。 手を伸ばして、 赤い鴉と…真っ黒な獣を掴もうとするけれど、 そんな事は全く無駄で――… イルカがゆっくりと俺に向かって顔を上げて、 ニッコリといつも通りの笑顔を向けて来たことに… 俺は、ただどうする事もできない自分を悔やむしか無かった。
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