6人が本棚に入れています
本棚に追加
「ありがとうございました~」
元気いっぱいの声が私を送り出す。
「やっぱり平日はすいてるわ」
入社して1年、初めて大きなプロジェクトに参加させてもらえたが、2ヶ月近く残業や休日出勤が続いていた。先週、やっと一段落ついたので、リフレッシュしようと有給を使い、朝から美容院にきていたのだ。
「あれ、先輩?」
声がした方を振り向くと、大学の後輩がスーツ姿で立っていた。
「…野中くん…?」
でも彼はまだ4回生のハズなのにスーツ?
私が疑問に思ってるのに気づいたのか、彼はにっこり笑って言った。
「面接の帰りなんです。先輩こそ平日なのにどうしたんですか?」
「しばらく忙しいのが続いたから有給とったの」
「じゃあこのあと空いてますか?よかったらご飯食べにいきません?」
野中くんの案内で行ったのは、海の見えるお洒落なレストランだった。
「先輩と二人でご飯なんて初めてですね」
確かに…そう思って彼を見ると、彼と目が合った。今日はスーツのせいか、普段と違って大人っぽく見える。急に恥ずかしくなり、目の前のパスタを口に運んで誤魔化す。
「…すごくおいしい」
「よかった、気に入ってもらえて」
昔話に花を咲かせ、店を出ようとすると、いつのまにか支払いがすんでいた。
「いくらだった?払うよ」
「いいですよ、少しくらいかっこつけさせて下さい」
「でも…」
「じゃあコーヒーおごって下さい。その前に少し散歩しましょう」
少し歩いたあと、海を見ながら話をする。
「ねぇ先輩。僕の就職が決まったら、僕のこと男として見てもらえますか?」
「え?」
「ずっと好きだったんです、先輩のこと。…先輩は大人の男性が好きって聞いてたんで、諦めようと思ってたんですけど…今日偶然会えて、ちゃんと伝えたいと思って…」
「…」
野中くんがそんなふうに思ってくれてたなんて…あまりに突然で驚きと緊張で言葉がうまく出てこない。
「やっぱり…年下じゃダメですか?」
不安げに見てくる彼。そんな顔をさせたくなくて、ドキドキを押さえながら答える。
「とりあえず『先輩』って呼ぶのと敬語をやめにしない?」
一瞬の驚いた表情から、嬉しそうな顔になる彼。これからどうなるかなんてわからないけど、今より距離を縮めてみたい。くるくると変わる彼の表情を見て、そう思った。
END
最初のコメントを投稿しよう!