第1章 好きこそ物の上手なれ

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 再び美術室へ視線を戻すと、いつのまにか毒舌コンビの姿がなかった。  その代わりに一枚の紙が黒板に貼付けてあった。変わり身の術ってやつだな。 『画材を買いに行って来ます』  近くに居るんだから、一声かけてくれれば済むのに。  睨めっこの結果必要な色が足りてないという判断に至ったのだろう。学園に一番近い画材用品店は自転車で10分程度の場所にあり、物が足りなくなると随時購入しに行く。店がオープンした数年前から美術部御用達の店だ。それまでは、電車で隣町まで買いに行っていたらしいが、今となっては考えられない。  まぁ40分くらいしたら帰って来るだろうな。二人からの目撃情報は後回しにするしかない。美術部員に聞くのが一番有効だと思ったのだかな… 「二人とも買い物に行っちゃったんだぁ。のぞみも新しいスケッチブック買おうと思ってたのにな」  そうか…またどこか連れて行かないといけないな。のぞみは新しいスケッチブックを購入するたびに、描きたい場所、描きたい物を告げ、連れて行けと要求する。要求されると断れない。それがシスコン先輩たる由縁だ。  連れて行くのは問題ない、むしろ楽しい。だが、油性ペンで幾重にも重ねられた直線は見るものをおいてきぼりにする奇妙奇天烈な作品となり、並の精神力ではたちうちできない破壊力で襲い掛かってくる。  のぞみフィルターを通った景色は、どう歪むのかはわからないが、対象物が目の前にあるにも関わらず隣で見ている俺には何を描いているのか説明を聞くまでわからないほどに変体する。  前に走ってるお馬さんが描きたいのと言われ、競馬場へ連れて行ったとき、生み出した悍ましい作品はしばらく夢に出た程だ。今でも思い出すと体が震えてくる。  俺程度の表現力であの絵を説明しようなんて、小枝片手に猛獣に勝負を挑むような愚行だ。  見なければ分からない。いや、見ても分からないだろうな。ただ恐怖する。 「だったら、今日帰りに寄って行こう。それとも今すぐ必要か?」  震えていた体をほぐしなから、俺は提案した。  美術部に参加した日は、帰りは必ずのぞみと一緒になる。店に寄っても遠回りにはならないしな。残念なことに香織の家は俺とは逆方向にあるみたいで、遠藤と毎日一緒に帰宅する。 「じゃあ帰りにいこうね」  かなり脱線してしまったが、約束を交わしたところで操作再開だ。
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