第1章 好きこそ物の上手なれ

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 振り返ると、後輩で美術部員の遠藤静がいた。さすが天才、なんて的確な表現だろう。衝撃音の招待は、遠藤が扉を蹴り開けた音だった。早くもベルリンの壁崩壊だ。もちろん歴史的価値は皆無だが。 「こんにちは、シスコン先輩」 なんだ遠藤か、ほっと胸を撫で下ろし、先輩として後輩の間違いを正す。 「立木先輩だ」 「いいえ、シスコン先輩はシスコン先輩です」  全く間を空けず、しっかりと俺の目を見据えて断言する。この妙な呼び名は、昨日今日始まったことではない。1年前から何度も正そうとしているのだが、相変わらず遠藤はこの名で俺を呼ぶ。ロリコン先輩と呼ばれないだけまだましか。  綺麗な花には棘があるというが、遠藤はそんなもんじゃない。サボテンにも綺麗な花が咲く、と言ったところか。どちらにせよ、少なくとも綺麗ではあるのが何か悔しい。 「それと、お前。扉は丁寧に扱え」 「私の前に立ち塞がるものは、鬼でも仏でも薙ぎ倒します。扉も例外ではありませんから。それに、扉を丁寧に扱ってしまうと、シスコン先輩は扉以下の扱いということになりますよ」  両方丁寧に扱うという選択肢はこいつの中にはないのか? 「ちなみにシスコン先輩は、今私の進行方向を塞いでいます」  薙ぎ倒すのか? 仮にも先輩のこの俺を薙ぎ倒すつもりか? 「5…4…3…2…」  カウントダウンが始まり、反論の機会を失った俺は、急いで道を開けた。教室の一番後ろ側の窓際の席がこいつの定位置だ。その右隣では香織が絵を描いている。  絵を描いている最中に話しかけると、香織だけでなく便乗した遠藤にまで罵られるので、しばらくのぞみと遊んでることにする。
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