第1章 好きこそ物の上手なれ

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「新しいクラスはどうだ?」 話題のない父親のようなことを聞いてみる。 「今年はしぃちゃんと同じクラスだよ」  しぃちゃんとは、遠藤のことだ。うれしそうに話しているが、俺なら全力で落ち込めるな。 「お兄ちゃんは、今年もかおりん先輩と同じクラスになれた?」 「あぁ、天はこの俺に味方しているからな」 ガッチリと拳をつくり答える。 「かおりん先輩も毎年大変だね」 香織にチラッと視線を送り、あはっと笑うのぞみ。知ってたんだな。 「香織から聞いたのか?」 「なにを?」とのぞみ 「なにって、俺が毎日香織に告白をしてることだ」 「お兄ちゃんそんなことしてるの?」  どうやら墓穴をほったらしい。別に隠し事じゃないからいいんだがな。でも少し恥ずかしい気もするな。遠藤なんかに聞かれたら、思いつく限りの言葉で非難してくるのではないか。 「そうだお兄ちゃん。のぞみ絵描いたの。見てくれる?」 「あぁ、見せてくれ」  というか、さっきからずっと気になっていた。のぞみの机に広げられているゲルニカ風の絵。今回のは自信作だよと声高らかに言い、どうだと言わんばかりに絵の前に両手を広げる。親切にジャジャーンという効果音まで口にして、俺に謎の作品を見せ付けた。黒く塗り潰されたキャンバスに、白い直線が走っている。描かれているのはおそらく人間と、何頭かの動物。馬か何かだろう。 「前にお兄ちゃんと動物園に行ったでしょ。これがお兄ちゃんで、こっちがキリンさんとダチョウさん」  ゲルニカの模写じゃなかったのか…のぞみは白線を示し、笑いかける。キリンとダチョウは悲痛な叫びをあげ、檻から出せと、必死に訴えかけているようだ。  泣き叫ぶキリンとダチョウの前で満面の笑みを浮かべる俺。俺を描くならもっとかっこよく描くべきだと思う。  のぞみの無邪気な笑顔を前にすると、理解に苦しむなんて口が裂けても言えないな。
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