第1章 好きこそ物の上手なれ

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「完成」 小さな声を俺は聞き逃さなかった。どうやら香織の絵が完成したようだ。これでやっと話しかけられる。早足で香織の元へ向かう。突然歩きだした俺に、慌ててのぞみがついて来る。  香織の絵はのぞみと違い、見ればすぐに何を描いたかわかる。七輪の上で焼かれている2つの白い四角。間違いない、餅だ。だがこれもまた難解だ。何で餅? 「今回のテーマは、絵で言葉を表すこと」  謎の餅を眺める俺に親切にヒントをくれた。こういう優しいところが俺の心を引き付けて離さないってことを分かってないようだな。 つまりこの絵は… 「絵に描いた餅ってことか?」 「正解」  当然だな。香織のことならなんでも分かるさ。 「上手く描けてるな」 「もちろん美味いわよ。当然でしょ」 「お兄ちゃん、のぞみの絵はどうだった?」  のぞみが割って入る。そういえばまだ感想を言ってなかったか。 「あぁ、のぞみも上手だったぞ」  なにをもって優劣を判断すべきか見当もつかないが、餅の様に膨れ上がる寸前だったのぞみの頭を撫で、とりあえずなだめる。一難去ってまた一難、のぞみを立てれば香織が立たず、今度は香織が面白くないといったような表情に変わる。嫉妬ってやつか? 「何妬いてんだよ」 「餅」  それは焼いてるものだ。 「絵の話じゃねぇよ」 「絵の話じゃないわ……私も、撫で撫でして欲しい」 「でしたら、相沢先輩は私が」  胸をときめかせる暇もなく、たった今まで黙々と絵を描いていた遠藤が立ち上がり、香織の頭を撫でる。念願叶った香織は、たちまち笑顔を浮かべ嬉しそうにしている。かわいい、猫みたい。そうか、誰でもよかったんだな。でも俺でもよかったんだろ。遠藤、お前は俺に何か恨みでもあるのか? 「シスコン先輩に撫でられるのは、あまりに不便だと思いましたので」 「さすが静、良く分かってるじゃない」  酷い、あんまりだ。さすがの俺もちょっと落ち込みそうだ。 「のぞみは、お兄ちゃんに撫で撫でされたら嬉しいよ」  唯一の味方が擁護してくれる。ありがとう妹よ。 「よかった(です)ね。シスコン先輩」  声を揃える仲良し毒舌コンビ。いいんだ、もうシスコンと呼ばれても。
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