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「菜月はまだ二十八だ。好きなことがたくさんできる。」
「ええ。和幸さんとね。」
あたしは柔らかく微笑んだ。
和幸さんは独り身だった。
菜月との結婚を考えなかった訳ではない。
しかし。
周囲の反対は激しかったそうだ。
当たり前か。
もともと結婚を望んだのは和幸さんの方だった。
‘菜月’は口にしたことさえなかった。
「ここは、色んなことを思い出すね。」
「ちょっと疲れちゃったのね。」
「菜月。」
こっちへおいでと、和幸さんは両手を広げる。
あたしは甘えるように彼の腕にとびこんだ。
彼はもうすぐ死ぬ。
死臭というのが死ぬ前の人間から臭うというのはきっと嘘だ。
彼からは清潔な石鹸と愛用のコロンがほのかに香った。
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