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菜月-彼の恋人だった菜月-は一足早くこの世を去っていた。
四日前の早朝。
たぶん、和幸さんの病室に行こうとして。
朝っぱらから飲酒運転していた軽トラによって。
呆気なくこの世を去った。
即死だった。
彼女は腹の子と共に。
人生に幕を下ろした。
享年28歳と二ヶ月。
腹の子は三ヶ月に入ったばっかりだった。
同情ではない。
あたしがやっているのはビジネスだ。
あたしは。
人間でさえない。
「‘菜月’が会いたいって言ってるわ。」
あたしの中で。
‘菜月’が激しく騒いだ。
わかってるよ。
すぐに。
あたしは来ていたシャツを脱ぎ捨てた。
左胸にある大きく、雑な縫い目。
そこに。
ゆっくりと手をかける。
ドバっと。
透明な液体が傷口から溢れた。
血液でないもの。
冷たいリンゲル液。
傷口をもっと拓く。
そこに。
‘菜月’がいた。
血に濡れ、熱く朱い血飛沫をあげたであろうそれは。
今では薄いピンクに戻って静かに鼓動をつげていた。
目なんかない。
だが。
ひたすらに彼を見つめているのがわかった。
愛しい和幸さん。
話せるはずないのに。
そう聞こえた気がした。
「・・・決まった?」
あたしは‘菜月’に聞いてみる。
‘菜月’はとくんと鼓動で、あたしに意思をつげる。
「そう・・・やっぱり逝くのね。」
そんなはずないのだけど。
‘菜月’が微笑んだ気がした。
あたしは傷口の‘菜月’をそっと取り出した。
リンゲル液に守られ、沢山の管で包まれた‘菜月’を。
丁寧に取り出してあげる。
そして。
すっかり綺麗なピンクになった‘菜月’を。
和幸さんの胸に乗せた。
微かに彼が微笑んだと思ったのは気のせいか?
---あたしの仕事はこれで終了---
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