わかれ

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エルカとアイリアがとりわけ大好きだった祖父が死んだ。 僕が帰ってきた時には、もう既に冷たくなっていた。まだ寒さも抜け切らないこんな春先に窓なんか開けたりするからだ。幾ら目が良くたって体調も良くたって、幾らその日の昼が暖かかったって…… 「いつまで経っても無理しやがって、親父の奴」 のびやかに育つエルカの木で出来た棺が土に埋まっていくのを見ながら、町の役所から仕事着のまま駆けつけてきた父は、夕日よりも真っ赤になった目を隠そうともせずに言った。 一昨日、僕はあの後高原ジカよりも速く、町にあるもう一つの家まで走り、ちょうど高原野菜とミルクのスープを煮込んでいた母に向かって叫んだ。母はおたまを取り落とし、次いで唇を震わせ大粒の涙をこぼした。それを放っておくのもどうかと思ったが、僕はまた大急ぎで役所の父の元へ向かい、残りの仕事を片付けている途中のその背中に向かって祖父が死んだことを伝えたのだ。 鳥の声は、低地の町よりも少し遅い高原の春を歌っている。鼻をすする音が四方八方から聞こえ、僕はただそこに木のごとく突っ立っていた。エルカみたいにのびやかで自由な木ではない、冬に耐えられず立ち枯れたそれだ。 アイリアの花で一杯になった祖父は柔らかに微笑んでいた。その幸せな表情のままやがてこの大地と森の中に還っていくのだろう。ほんの少しだけ、羨ましかった。 僕は二十歳になったばかりだ。
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