わかれ

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小さい頃、物心つく前から家族でしょっちゅう訪れていた場所だ。僕は、あたたかく迎え入れてくれたその祖父の家で、木の香りと共に十八歳の新しい生活を始めた。お前もやってみるか、なんて言葉と一緒に彫刻刀と木片を渡された時は戸惑って胸がざわめいたが、にっこりと微笑んだ祖父の、昼下がりの太陽の光みたいなあたたかさに何処か安心感を覚え、気付いたらそれを受け取っていた。 朝早く起きて、朝食を交代で作って、近くを散歩して、洗濯して、昼食をとって、昼寝をして、彫って。夕食も交代で作って、また彫って、それからベッドに潜り込む。 野菜をたまに収穫して大きな台車に入れて運んだり、家の中で一緒に住んでいる白と黒の毛並みの大きな犬のミミを連れて森へ狩りに行ったり、削りかすと板で鳥の巣箱を作ったり、祖父の奏でる笛の音を聴いたり、蝶が羽化するところも見たりした。 祖父のノミや彫刻刀使いをじっくり観察し、僕はたまにエルカの木切れで何かしら彫った。それは高原ジカだったり鷹だったり、ミミだったり蝶だったりした。春になると、野の花を沢山彫った。時折、山と空と雲にも挑戦した。歪な形になってしまっても、彫っている時は夢中だった。たまに食事を抜いて、祖父に心配されたり笑われたりした。
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