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比較的大きな通りを抜け、後方10メートルと離れていなかったカニなのかさえ分からない化け物を振り切るために路地裏に滑り込む。
「……ッ……!」
かつてはゴミ捨て場だったのか、錆びた金網の収集箱に背を、ぬかるんだ地面に尻を落とし、息が漏れないよう強引に両手で自分の口を抑えつけた。
身を低くし、目を力いっぱい瞑って恐怖が過ぎ去るのを祈る。
暗い視界の中、大量にたかるハエの羽音の向こう側で、アスファルトを抉るような鋭利な足音。
失った獲物を探すようなその音の間は俺の心臓を締め上げる。
同時に膝が笑い、背中は強張る。湿った地面からパンツに伝ってくる泥水が余計に気持ち悪かった。
自分の鼓動が相手に伝わるんじゃないかという程、心臓は音を立て鼓膜を叩く。
――――苦しい。
頭に血が昇って今にも破裂するんじゃないかといった頃、ヤツの足音は徐々に離れていく。
それと同時に湧き上がる安堵を抑えきれなくなった時、
「はぁッー……!!」
溜め込んでいた生存欲求が臨界点を突破し、ひどくせき込みながらも幾度となく悪臭に塗れた空気を取り入れ、呼吸を整えていく。
こうして安堵を覚えると次にやってくるのはまたしても恐怖心。
それを払拭させる為、路地から顔を出し周囲を確認するが、そこに先ほどの化け物の姿はなかった。
「助かった……のか?」
自然とでた疑問符の言葉。
そして脅威は去ったであろうと自分の目が返答してくれると、強張っていた肩のしびれと共に、一気に力なく定位置に戻る。
ハエやヌルヌルした地面などもうどうでもいいと言わんばかりに、べったりと地面に足を伸ばしへたり込む俺の口から出た言葉はひとつ。
「……冗談じゃない」
それ一択だった。
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