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「アタシが教えてやれるのはこれまでだ。はぁ……1年分の頭使ったぜ」
そう言って両腕を上げ、全身を伸ばすように椅子の背もたれに体を預けるルビー。
可愛らしいおヘソが丸見えだぞ。女の子なら隠しなさいまったく。
「ありがとな、ルビー。頑張ってくれて」
「へへッ!アタシも希少種とこんな風に話ができるなんて夢にも思わなかったぜ!それにまあ希少種様の意思の尊重だしなッ!」
そんな風に嫌味を言いつつも褒められて喜ぶルビー。
『照れ隠し』ではなく『照れ隠さない』とでもいうのか。どこまでも正直な子なんだなと思った。好き嫌いもハッキリするわけだ。
ルビーは否定するかもしれないが、正真正銘、感情表現豊かな18歳の女の子に変わりはない。
――――……。
「じゃーな、少尉!ごちそうさん!」
「また来てね、ルビーちゃん。例のお酒、今度ご馳走するわ!その時はクロちゃんもいらっしゃい!」
たくましい二の腕をブンブンと振り回して手を振るゲイリー。
「あ、あとコレありがとうございました」
ゲイリーは俺の服に染み付いた蟹の体液が生臭かったことを気にしてくれて、白いTシャツ、軍服のズボン、パンツまでプレゼントしてくれた。
でもサイズがぴったりなのは何故だろうか。
「なあに、いいのよ。元か……知り合いのお古だけど、我慢して!それじゃあね!」
いまなんかとんでもない事を言いかけなかったか?
――――……。
そうして、食堂『ディ・マーレ』を後にした俺はルビーが『宿舎に案内』すると言ってくれたので、目的地へ向けて住民の生活区を歩いていた。
夕焼けがやけに眩しかった。
俺の少し先をルビーは歩いている。
そこにはお世辞にも立派とは言えない石造や木造の住居が建ち並び、通りの両脇には果物、雑貨、お祭りのような露店が並ぶ。
通りを挟む建物の2階部分には、サーカスで使われそうなロープが何本も通りの上を交差して、そこに掛かる洗濯物が風に揺られていた。
濁ったような色の錆びついた街灯。馬で野菜のたくさん入った荷車を引く農民。子供と手を繋ぎ帰路を急ぐ母親。
そして、ボロボロで水の出ていない噴水広場に差し掛かった時、幼い声がそこに響く。
「ルビィー!!」
そう言ってボール遊びをしていた小さな少女が、ルビーに両手を広げて屈託のない笑顔で抱き着いてきたのだ。
俺は驚いていた。
そう、終戦から2年。世界は荒廃して人間が絶望の淵に立たされていたはず。
でも、ここにいる人たちはみんな笑顔なのだ。本当にみんな。すれ違う人ぜんぶ。
勝手に悲しい静寂や、沈んだ空気で重く暗い雰囲気などを想像していた。
だが、俺の耳は笑い声や活気のある露店からの掛け声でいっぱいだった。
近くにいるルビーの声も耳を澄まさなければ聞こえない程だ。
生活区、市街地は笑顔に溢れ、とても戦後だという事を伺わせない。
言葉は違うかもしれない。この時代の人に怒られるかもしれない。
それでも本当に楽し気で希望に満ち溢れた、純粋に美しいファンタジーの世界にでも来てしまったかのような光景だった。
そしてルビーは幼い少女の頭を撫でると、その場にしゃがみ目線を合わせ、彼女もまた曇りひとつない笑顔で応え、何かを話している。
きっと柄に似合わずお姉さんのような素敵な言葉を掛けているに違いない。
ルビーが嫌いな希少種を守る、掟を守る意味……分かった気がしたんだ。
彼女にとって希少種や過去の歴史などは、さして重要じゃない。そこに本質はないのだ。
ここにいる人達。
今、ここにいる人達の為に、彼女は軍人として其処にいる。ただ、それだけ。
それが弱いものの味方。ルビー・ガレス軍曹なのだと。
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