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テントに近づくとそこに集まっている人たちの無数の声が自然と耳に入ってくる。
『またあの人かよ』『イイ女』『変わり者』『遺物』『バカ!聞こえたらどうすんだ』『軍曹とは一緒にしちゃダメでしょ』『あの兵士終わったな』『……式』『すげー。初めて生で見た』『見ちゃダメよ』
なんだなんだ……
そして、にわかに色めき立つ人だかりを抜けると、そこには見覚えのある女の後ろ姿。
「なーにしてんだ……よッ!!」
ルビーはそう言って女の背中を『バシッ』と叩くと、
「痛ッ!ちょっとなにすんのよ!……ルビー!?丁度よかったわッ!このボンクラ兵士になんとか言ってよね!アンタの部下でしょ!?」
そう指差された兵士は半べそをかきながら『軍そぅ……』とルビーに助けを求めている。
――――……!?
淡い亜麻色の髪を片方で結った三つ編み。そして眉を顰め鋭く光る青い眼光。
「え……」
まてまて……
「そう怒らず許してやってくれ。軍も金欠なんだよ」
「それはわかるけど!……って……え……」
そこで目が合った瞬間、同じく言葉を失っている者同士、
「クォ……ッ!!」
「希少……ッ!!」
と究極のハーモニズムに渾身の急ブレーキを掛けたのだが、見事にシンクロした俺とクォーツが恐る恐るルビーの顔を見た瞬間、少なくとも俺は『手遅れ』だと悟った。
「おやおや。なになにー。二人は知り合いー?感動の再会みたいなー?」
棒読みでわざとらしく俺とクォーツを交互に指差す。
……コイツ!!知り合いだったのかよ……!!
何か黒い思惑を感じてならねぇ……!!
ラブコメ脳満載の再会を果たしたわけだが、ここは通学路でもなく得体の知れない生物達の残骸が並ぶ魔界の市場だ。
「し、知るわけないでしょ……!?こんなヤツ……!!」
そう言って俺に『ビシッ』と人差し指を向けるクォーツ。
もうそれ初対面にする行動じゃないよね。
俺はこちらに飛び火しないように賢者の表情で見守ることにした。
そしてルビーは『へぇ』と不敵に笑うと、クォーツの手に持っていた小瓶に目をやる。
「おっとそれは……グランドクラブの体液か!すげーなー。これはスラインでしか手に入らない鎮静効果のある体液じゃないか!」
そう言って俺の方にチラリと目を向けるルビー。
そういやさっきルビーとタイムリーにそんな話した後だ。
もう何も言わない。言えない。
「そ、そうよ。だから何ッ?たたた、確かに昨日はスラインにいたけどこんなヤツと会ってないんだけど」
もう動揺が隠しきれてない。
「いやいやクォーツ先生。アタシはこのクロがスラインに居たなんて一言も口にしていないんだが?」
そう言った瞬間、クォーツは右斜め下を向いて『チッ!!』とクソデカい舌打ちをする。そしてすぐに向き直る。
「……え……い、いやさっき言ってたわッ。そう、確かに言ってたんだからッ!もう忘れたのルビー?頭まで筋肉だなんておめでたいわねッ!」
目を逸らすクォーツにルビーは少し抑えた声で呟く。
「知ってるか?こいつ、クロは希少種だ」
「ぜ、全然知らなかったわ。それは驚きね。びっくりー」
「おいクォーツ、誤魔化すんじゃねぇ。アタシは掟を重んじる、嘘が嫌いな軍人だ」
メラメラと湧き上がる感情を露わに、腕組みをしてクォーツを下から睨みつけるルビー。
「へぇー。だ・か・ら?所詮は雑用ばかりの国家の犬じゃないの。残念ながら私には関係ない事よ」
腰の左右に両手の甲を当てて、冷徹な眼差しと吊り上がる口角でルビーを見下すクォーツ。
こいつは面倒な事が起こる気がしてならん。
「おいテメェ……今なんて言いやがった?」
鼻息を荒くして眼前で指を鳴らし拳を構えるルビーと、流れるような動きでキックボクシングのように右足を少し上げて構えるクォーツ。
睨みあう二人からは殺気……いやコレほんとに……
『おーい、軍曹と猟師が揉めてるぞー!相手はあのクォーツだー!』と、どこからか聞こえる野次馬の声。
周りのギャラリーも二人の様子を見て少し騒がしくなり始めている。
――――……!?
「あら……こんなところでなにしてるのかしら?ふたりともぉ」
そう言ってルビーとクォーツの頭を上からがっしりと鷲掴みにする巨大なオネエ。二人の身体はマリオネットのようにつま先が浮きかけている。
そして二人はその顔を見上げると、互いに単調な母音を発して、バツの悪そうな顔をする。
「ちゅ、中尉……」
「ご、ごきげんよーう……」
いがみ合っていた二人の殺気は瞬く間に消え、どちらかといえばどこか怯えているようにも見て取れた。
するとゲイリーは二人の頭を掴んだまま目線に合わせるように屈む。
「仲良くしなきゃダーメ……って昔から言ってるよなァ?」
今一瞬、男の顔になったんだが気のせいだろうか。
「ち、違うんだ中尉。今クォーツと久しぶりに会って近況報告を……な、な?クォーツ!?」
「そ、そうよ。久しぶりにコイツの顔を見たら嬉しくなっちゃって!へへ!」
二人がそういうと『あら、そう!じゃあ良かった!』と言って、二人の頭を離して颯爽と去っていった。
何者なんだあの人は……。
そして背筋が伸びたままゲイリーの姿が完全に見えなくなるまで、並列していた二人。
ルビーはピクピクと片眉を動かすと、テントの裏側に向け親指を向けた。
「ここじゃ、アレだ。ちょっとこっち来いや断崖女」
「望むところよ。その汚い口を黙らせてやるわ糞幼女」
口悪いなコイツら……
なにこれ……女子高?
そんな感じで『ぐぬぬぬぬ……』と睨みあったまま歩いていく二人。
俺は巻き込まれたくない一心で最大級に気配を消していたのだが、
「おい……テメェも来んだよッ!」
「ねぇ……アンタも来るのよッ!」
と死の宣告を受けたので『はい』とだけ答えて、それはもう嫌々な気持ち全開でついていった。
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