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――――……突然だが、
目を覚ますと『普通の朝だった』なんてのは何日ぶりだろうか。
望んでいた目覚め方だったが、刺激が足りないと体が言っているように聞こえるのはもはや病気なのだろう。
ミソの鳴き声で目を覚ました俺は時計に視線をむけると、早起きをしたことに気づく。
「寝落ちしちまった……!!ごめん!クォーツ!」
だが、部屋を見渡してもクォーツの姿はなく、ソファーに横たわる自分にタオルケットが掛けられているではないか。
これは予想外だ……
そんな違和感を感じながらもクォーツに与えられた朝のルーティンを行う為、井戸で水を汲み、顔を洗って気分爽快といったところだった。
「やっと起きたのねッ!」
お前は一体何時に起きてるんだ?
納屋の方から歩いてきたクォーツは、口調はいつも通り強いものの妙に機嫌がいいというかやはり違和感がある。何かいい事でもあったんだろうか。
「ああ、おはよう。昨日は寝ちゃってごめんな。って……どっかに出かけるのか?」
いつみても馬鹿でかい九七式ライフルを抱えたクォーツは、武装という名の正装を済ませ準備万端と言ったところ。
「これから狩猟にいくの」
「ああ、そうなんだ。朝から大変だな。頑張ってくれ」
クォーツは猟師だったもんな。彼女はこれで生計を立てているんだ。
家の事は俺が全部やるから任せ……
「なに言ってんの?アンタもいくのよ」
――――……!?
「冗談だろ?」
「あいにくアンタに言う冗談は持ち合わせてないんだけど」
人差し指でポリポリと頭を掻くクォーツの表情は、至って真面目な表情をしている。
養殖場にいくってことだよな……!?
「ちょっと待ってくれ!あんな化け物と戦えるわけないだろ!」
「アンタが食い扶持増やしたんでしょ?昨日は仕事のメモ見て『うんわかった』とか言ってたじゃない」
『食料調達』ってそういう意味も込みかよ……!!騙された畜生!!
「い、いやいやクォーツ冷静になれ!俺はルビーみたいに大剣振り回せる訳でもないし、お前と違って銃を握った事さえないんだぞ!?絶対に足手まといになるって!」
「冷静になるのはアンタよ。大丈夫、私がいるんだから」
信用ならねぇー!!
どの口が言うんだ……!!
昨日流れで許してしまったがその『私』は一度は俺を見捨てたんだぞ?
それにその『大丈夫』は絶対に根拠がないパターンのやつだよね!?
さすがに無理だと思った。ルビーやパドがせっかく繋げてくれた命を自ら危険な場所に置くだなんてこと、できるわけがない。
昨日、この先の『希望的観測』について色々語ったばかりなのに、なんでお前は早速終止符を打とうとしてんだ。
こうなったら最後の手段……使いたくなかったが、絶対的に拒絶しなければならない……
こっからは俺のターンだ!!
「なあクォーツ、俺は拒否する。希少種の『意思の尊重』を使ってな」
意思の尊重は絶対的な命令権だ。ここで使わずしていつ使う!!
ターンエンドだ。
するとクォーツは大きく溜息をつき『やれやれ』といった感じで欧米人さながらなリアクション。効果はいまいちのようだ。
「あのねぇ。勘違いしてるかもしれないけど……残念ながら今のアンタに『意思の尊重』を発動する権限はないの」
「なん……だと……?」
「意思の尊重は、四大都市いずれかの市民権を得た希少種ができるもの。正式な帝都民の希少種がね」
市民権を得るってルビーが言ってた2週間後の国が引き取るとかいってたあの事か?
「つまるところアンタはまだドコにも属さない野良の希少種として希少種保護法に預かってるだけなのよ……まったく」
「え、じゃ、じゃあ……それって」
「無所属の今のアンタには保護される権利しかないってことよ」
「いやいやクォーツ。だってルビーは俺に跪いてたぞ!?意思の尊重がどうのって!」
「頭のおかしい希少種だと思ってたからでしょ?天然記念物みたいな希少種がその辺に転がってるなんて誰も思うわけないじゃない」
なんだよそれ……2週間後まで俺は保護されるだけの存在……
実質なんの権力もないってことじゃないか……
「で、でも保護するなら危険なところになんて……!!」
「私がいるから大丈夫ってさっき言ったじゃない」
そこに戻るのか……!!
言葉を失っていると、クォーツは俺の肩に手を当てる。
「無力で何の役に立ちそうもない使い古された乾電池みたいな希少種のアンタにでも……保護される事しか能のない、血の色だけしか取り柄のないそんなアンタにでも……出来ることのひとつやふたつ、ううん。たったひとつだけあるの……」
女神のような微笑みで悪魔染みた事、もとい傷を抉るようなただの悪口を羅列するクォーツ。
「それは保護責任者の私に従うこと」
なんだかジワリとクォーツの顔が歪んで見えるのは気のせいだろうか。
自分がどうしようもないヤツみたいで……今すぐ死にたくなる精神状態へ意図的に追いやられた俺は、
「準備しなさい」
「はい」
首を縦に振ることしかできず、わずか『近未来生活4日目』にしてめでたく猟師デビューをすることになったのだ。
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