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「……歌?」
「……そのようだ」
「俺の知らない歌だ」
首を傾げた弟と違って、トレアンは動きを止めたまま歌に聞き入っている。やがて、思い出したようにその唇は言葉を旋律として紡ぎ始めた。
「――数多の砂の粒 天馬の翼よりも速く乗り越え 竜達の告げし新しき刻 今来たらん」
「――兄さん?」
トレアンが薬草の籠を置いて、でもその顔は歌い手がいるであろうその方向に向けたまま、そして彼は戸口へと歩いていく。
「――風に生まれし新たなる力 大地をあがめ操りし力 ここに与えられん 我が愛する長の子よ」
「兄さん、知ってるのか?この歌」
先回りしようとして兄の顔を見たテレノスは、一瞬驚いた。いつもはしっかりとしていて鋭い瞳が、今は懐かしさと優しさに満ち溢れている。開け放たれた戸口からそのままトレアンは出て行き、それについて自分も行った。兄は歌い続ける。
「――与えるその名 レフィエールの下に あなたは私の後を」
しかも、自分達しか知らない筈のドラゴンとの会話の言葉で、歌っているとは。トレアンが足を止めたその先にいたのは、どこか見覚えのある若い女だった。
「――私は向こうへの道を」
若い女は、兄弟を見た。二人とも、息を呑んだ。
「勉強したのよ。あなた達のことについて、色々な所から聞いて。ちゃんと転移の術も覚えたの」
彼女はにっこり笑って、付け足した。
「盾の術は、覚えておいて損はないわね……忘却の術も防げるから」
その言葉に、トレアンはごくりと喉を鳴らした。
「――カレン、まさか」
この娘に、自分の術は通用しなかった。ヴァリアントの傷を一番初めに見た時に気付いておくべきだった。
「もっと知りたいと思ったの、お互いの心の中に流れてるものがどう違うのか、ってこと。直系のレフィエールの人でも、第一子しかトレアンみたいな力がそなわらないのは何でか?ってことも」
カレンは兄に近づき、力強い笑顔のまま自分よりずっと高い背丈を見上げた。
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