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「私を助けてくれた人を、忘れるわけにはいかないわ。トレアン、テレノス」
トレアンは何も言えなくなって、自分を見上げる娘を見つめる。と、すぐ後ろで嬉しそうな声が上がった。テレノスだ。
「カレン!覚えててくれて嬉しいよ、俺」
そう言いながら、彼は前に出ようとする。
「まだ一年の三分の一も経ってないから当たり前よ。そんなことよりテレノス、その格好――」
カレン自身も笑顔で弟に近付こうとしたが、突然ズルリという音がして、三人ともその音の方向を見て、我に返った。
「……テ、テレノスーっ!」
「おっと、これは失礼」
「だから言ったのだ、縛れと!全身ぐるぐる巻きにして木から吊るすぞ、阿呆!」
ズボンが地面に落ちたテレノスに向かってトレアンが大声で怒鳴る。あまりにも滑稽な兄の慌てっぷりに、カレンは吹き出して彼に溜め息をつかせた。
「――仕方ないわ、じめじめしてて暑いもの、ここも私の村も」
腰を縛ると言ってズボンを両手で引っ張り上げながら家の奥へとひっこんだテレノスを見送ってから、彼女は言った。
「……そんなに近くまで来ているのか」
兄が独り言のように言うと、カレンがうつむいた顔を覗き込んできた。その瞳が澄んだ青であることに、初めて気がつく。
「どうかしたの?」
「いや……オーガスタと空を飛んでいると、半日の半分もしないうちに人間やメイジの家が見られるのでな」
昔は一日中飛んでいても森しか見えなかったらしい。トレアンはそう呟いて、そのまま空を見上げた。カレンの瞳の色と同じだ。
「貧しいと、人は働き手を増やそうとして、どうしても人が多くなるの。住む所も食べる物も足りなくなってきて、今じゃ一番森に近くてましな筈の私の村でも、生きていくので精一杯よ」
だから、生きていくために術を扱える人は勉強するの。彼女はそう言って、そのまま地面を見た。
「ここの土、いい土ね。母さんが喜びそうだわ」
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