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「――そんなに」
「ひどいの、私達の村の土地」
トレアンは表情を変えずに、今度は違うことを訊いた。
「転移の術を使ったのか、そなた」
カレンが自分を見上げて、にやりと笑った。
「ええ、そうよ」
テレノスが腰を縛ってやっと出てきた。二人ともそれを振り返って、兄は軽い溜め息をつき、訪問者は少し笑って向き直る。三人は日の当たる場所から離れて、涼しい森の中へと入っていった。
それを、ふと歩く足を止めて見た者がいた。
「人間……?」
彼は眉間にしわをよせた。レフィエールの兄弟と関わりがあるような人間など、いただろうか。唯一思い当たるのは、季節の半分以上前に迷い込んできた怪我人くらいである……会いに来たとしても、森の中は危険が多く、人間が抜けて来られるような所ではない。
「アドルフーっ、アドルフーっ!」
誰かが自分の名前を呼んでいる。では、人間以外の何かだとしたならば?トレアン=レフィエールの使えるような転移の術を知るような者。
「まさか……でも、忘れさせて帰した筈……」
もしも、忘却の術を跳ね返すような者だとしたならば。
この森は深かった、今までは。しかし、今は違うらしい。レフィエールの一番目の子よりも大きな力をもつ術士がいるなどとは今までは誰も夢見てはいなかった。
「アドルフーっ!ちょいとこっち来て手伝ってくれーっ!」
「わかった、今行くーっ」
あの娘は何者だ。アドルフの心臓は音が聞こえるぐらい強く、そして速く打ち始めていた。
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