Prelude

2/3
前へ
/329ページ
次へ
 カレンは道に迷っていた。  あの木の間か、それとも向こうに見える岩の方か、森の出口が何処にあるのかわからない。いくら自分がヒュムノメイジで術が使えたって、まだ威力は弱く使えたものではない。深い緑の木々は地面に黒々とした影を作っている。  あたりを見回した。細い道が目に留まって、もしかしたらと思いながら辿ってみることにする。人の住む場所に続いていさえすればいい。ドラゴン使いの野蛮な連中でなければ。  小さい頃から、よく言われていた。いい子にしていないと、ドラゴン使いが来て、あなたをドラゴンのえさにしてしまいますよ。カレン達は仲間と寄り集まって、まだ見たこともない彼らのことをあれこれと想像していたものだ。実際にえさにされた人がいたなどという話は一回も聞いたことがないのに気付いたのは、つい最近になってからだ。 「どうしよう……」  近くの木々には、よく熟した甘い匂いを放つ果実が枝もたわわに実っていた。だが、今自分が欲しているものは果実ではなく帰り道だ。あまり木が自然に生えていない自分達の地と比べると、このあたりは随分と肥沃な土地なのだろう。それだけで、かなり遠くまで来てしまったとカレンは少し後悔していた。  この森のことも、またよく親から言い聞かされたものだ。決して入ってはいけませんよ、さもなくばドラゴンのえさになってしまいますからね。  そんな忠告を無視して来たのは、忠告をした人間が病に臥せっているからだ。人づてに、この森の近くに良い薬草があるということを教えてもらったのだ。親の忠告と親となら、どちらを取るだろうか?当然、命に決まっている。自分の命がここで消えたら終わりなのだけど。でも、どうにかなる。  時々襲ってくるような動物達は、カレン自身の火の術で焼き払っていった。細い道はどこまでも続いているようで、いつ終わりがくるのかと不安になる。それでも、今は進んで行くしか選択肢はないのだ。大丈夫、とまた思った時だ。  不意に頭上が暗くなって、ふっと顔を上げる。シュウ、という音とともに、目の前に自分の腕ほどもある大きな牙が現れた……次いで、金色の大きな瞳。  一瞬息が止まった。その次には、カレンの口からは母から教わった呪文が飛び出していた。
/329ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加