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「……それを君は言ったのか、あの娘に?」
「いいや。でも、カレンはわかってくれてるさ」
でなければ、あんな風にしょっちゅう来たりしない。テレノスは相手のものわかりの悪さに苛立ち、口をとがらせた。もう正式な騎乗兵となってもいい年である筈なのだが、いかんせんまだ子供っぽさが抜け切っていない。同じ年頃の女ならばもっと大人びてしっかりしているのに、とトレアンは心の中で呆れた。
「――いずれにしても」
苦々しい口調でアドルフは言う。今度は弟だけではなく、兄の方もしっかりと見た。
「距離をとるように。欲深い者や早合点をするような者には、近寄らぬことだ。最も……君達の友人のことを言っているわけではないが、その娘の周りにいる人間の動向を聞いて、注意しておいた方がいい。大凶作のこともある、彼らがいつ森の境界線を破ってくるかわからないからな」
それを最後に、二人は頭領から解放された。今日は、カレンは来ていない。昼を大分過ぎているし、来ることはないだろう。アドルフの家を後にしながら、黙りこくっていたテレノスが誰にというわけでもなく、不満そうに言った。
「ありゃ、人間のことを殆んど知らない人の言うことだ」
トレアンが、ふんと鼻を鳴らす。弟にしか聞こえない声で、彼は言った。
「私達とて、人間のことなど言うほど知っているわけでもないだろう。アドルフとそう変わりはない」
テレノスは再び黙りこくった。だが、しばらくするとまた口を開いてこう呟く。
「誤解なんざしないように、上手く付き合っていくのが本来の道だとは思わないのかよ」
本当に、その通りだ。しかし、それには自分の時間は足りなさすぎる、とトレアンは口に出さずに思った。それに、慎重に積み重ねてきたものはもろく、壊れやすい。そのような努力は初めからしないという人々の方が多いだろう。全く、難しいことだ。
正しいことは、いつだって難しい。兄はまた溜め息を漏らした。
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