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諭すようにタチアナを横目で見ながら、カレンはエミリアをなだめた。ギルバートが咎めるような視線を伴侶に送る。
「……あの当時きっての村の人気者だった俺では、もう物足りないと言うのか」
「あらやだ、何を言ってるんだいこの人は。娘の将来のパートナーになるかもしれない人だもの、気になるのは当たり前だあね」
「無理よ、母さん」
軽い溜め息をつき、彼女は言った。父親がふんと鼻を鳴らす。
「あの人にはもう立派なパートナーがいるわ。私が彼らと知り合うずっと前から、ね」
本当のことを話すべきかどうか、カレンは迷った。タチアナがちらりと自分を横目で盗み見たのがわかる。エミリアは少し残念そうに言った。
「なあんだ、もう予約済みだったのかい。つまんないねえ」
そんなことを何となく聞いていたギルバートだったが、ややあって少しばかり訪れた沈黙の中でとんでもないことを呟いた。
「――欲しくなれば、奪えばいい」
「ちょっと、父さんまで――ただの友達なんだから――」
「俺だってちょっとは見てみたいさ。お前の相手がしっかり務まるような骨のある奴かどうか」
カレンは憤慨して、微妙な顔つきで父を見た。
「何考えてんの。そんなことしたら殺されるわよ、確実に」
「……確かに、姉さんの言う通りかもね」
二人の頭の中に、オーガスタの鋭い牙が浮かび上がった。腕の半分もあるあれに挟まれでもしたら、どうなるかを想像して、二人とも身震いした。
「そんなに手ごわいのか、敵は。俺の風魔法が必要なら――」
「――争うつもりはありません」
この話はおしまい、と言わんばかりの勢いでカレンは断言し、空になった大鍋を椅子から立ち上がって両手で持ち上げた。
まだ、言うべきではない。トレアンやテレノスがドラゴン使いだと、友人達の正体が、自分達の仲間が野蛮だと決めてかかっている種族だと教えてしまうと、一体どんな反応を、両親はするのだろうか。批難する姿が容易に想像出来て、彼女は胸がむかむかしてなかなか夜も寝つけなかった。
翌日、カレンは転移の術でもう見慣れてしまったレファントの森の出口の手前に空間を開いた。セスも、タチアナも今日は誘っていない。何だか自分一人で行きたい気分だった。
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