レフィエールの兄弟

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 両手を下ろした彼の、少し日に焼けたむき出しの肩に、彼女は無造作に手を置いた――途端、その体がびくりと大きく揺れ、おびえに似たような表情と動揺した鳶色の瞳が、自分を振り返る。  思わず、カレンはぱっと手を上にやった。ひとりでに声が震える。 「――トレアン?」 「――気安く、触らないでくれ」  背中を向けて、トレアンは言った。カレンは雷に撃たれたような顔をしてつかの間そこに立ち尽くしていたが、やがて納得いかないといった口調で、言葉を投げつけた。 「……最近、どうかしてるんじゃないの?トレアン」 「……至って普通だ」  彼は早口で呟いて、カップを二つ取った。どうやら茶を淹れるつもりらしいが、この人が飲みたくてやっているわけではないことが見え見えだった。  カレンは、今度はポットに伸びたしなやかな右腕を捕らえる。トレアンが腕の筋肉に瞬時に力を入れたが、振りほどく勇気が持てなかったのだろう、緊張はすぐに消えた。  彼は、やっぱり目を合わさない。 「ねえ、ちゃんと言って。何かあったの?」  ドラゴン使いは口を引き結んだ。視線が斜め下に逃げている。一体何を隠しているのだろうか?そう思っていると、彼がやがてぼそぼそと呟いた。 「……そろそろ応えてやったらどうなんだ」 「……何を?」  トレアンが何だか覚悟を決めたような表情でカレンを振り返る。 「……人を、何年も待たせるのは――賢明だとは思えない」  その一言で、彼女は目の前の男が何を言いたいのかわかったような気がした。でも、それは自分が望んでいることではない。例え、相手が望んでいたとしても。 「あのね、私は前も今も恋人なんていないつもりなの。いいなって思う人はいたけど、いつも私からは遠かったわ……いつだって、そうだったんだから」  いつになく鋭い瞳の光と、きつい口調。周りの空気にまで圧迫されているような気がした。トレアンは自嘲気味に、心から思っていることを口に出す。 「セスは、私のような者と違って、素直で気配りの出来る立派な人間だと思う……私のような」  彼は再び顔をそらした。その眉間にしわが寄って下唇が噛まれるのを、カレンは見た。
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