レフィエールの兄弟

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「私のような不器用な――」 「あなたはあなたでしょう」  その言葉に、はっとした。はっとしたのだが、すぐさままた別のどす黒い何かが、心の隅からねっとりと流れ込んで来た。気付けば、トレアンは大声を出していた。 「――私の気持ちなど知らぬくせに!」  息を吸い込む音がして、それっきり静かになった。カレンの手を振りほどき、彼は言った。 「……今日は帰れ」  彼女がはっと息を呑んで言う。 「トレアン、私まだ――」 「いいから帰れ」  その言い草に、彼女はむっとした。やっぱり、何処かおかしい。それに何故、ここにセスの話を持ち出してくる必要があるのだろう?気付けば、彼女も大声を出していた。 「教えられてもいないあなたの気持ちなんてわかるわけない!」  それっきり、彼女は出て行って戻って来なかった。立ち尽くしていたトレアンは溜め息をつく。部屋の中央に行って、音もなく座り込んだ。  そして、小さく呟いた。 「……やってしまった、やって……」  右手で頭を抱え、ぎゅっと目を閉じる。唇を噛み締め、素直でない自分を呪った。  ――何故あのようなことを口走ったのだろうか、と。 「あれ……カレン、どうしたんだい?」  ふと顔を上げると、飛びつけそうな距離にテレノスがいて、何処か不思議そうな目で自分を見ていた。少しだけ息が荒いからだろうか、それとももしかすると自分はまだ険しい顔つきのままなのだろうか?いずれにしても、失敗したと思えるのは間違いなかった。そして、トレアンが傷付いているということも間違いではないだろう。今しがた、どれだけひどいことを言ったのかはわかっているつもりだった。 「カレン……顔色が悪い。一体何があったのか、嫌じゃなかったら教えて欲しいんだけど」  大きくて暖かい左手が、右肩の上に優しく置かれる。兄が突き放す手なら弟は差し伸べる手かもしれない、と彼女はちらりと思った。 「……いいのかな、その……」  森の中の木の根に座ってためらいがちにそうカレンが呟くと、テレノスは鼻だけで笑って言った。 「……どうせ、兄さんがまたやらかしたんだろう?」
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