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「私……そうだったのなら、すごくひどいこと言ったわ」
テレノスは彼女の顔を覗き込んだ。空の色に見える瞳が、今は海の底のような光をたたえている。一度だけ見たことのあるサファイアのようだ、と彼は思った。
「教えてもらってもいないあなたの気持ちなんてわからない、って」
「そんなの、当たり前だ。君の言ったことは正しいよ。皆が皆、俺なわけじゃないんだから」
とにかく、と言って彼は少し口元を緩める。
「君のおかげで、兄さんも素直になるべきだって気づいたと思うよ。多分きまりが悪くてしばらくの間出て来られないかもしれないけど……」
そう言いながらカレンの顔を見て、テレノスはあわてて付け加えた。
「ああ、でも来るのは拒まないから、大丈夫だよ。気が向いたならいつでも行ってやって、兄さんの所に」
顔には絶対出さないようにしてるけど確実に喜ぶから、と言って、彼は人懐っこい笑みを見せた。
「……本当に大丈夫かしら?」
「俺が保証する。それに、カレンの話聞いてたら、兄さんの嫉妬の方向が何処に向いてるのか何となくわかったしね」
カレンは、あれっと思った。トレアンの嫉妬はセスに向いているのではなかったのだろうか?彼女はテレノスに訊こうかと一瞬思ったが、何となくやめておくことにした。今訊くべきではないと感じたからだ。彼は言った。
「だから、元気出して、カレン」
だから、彼女はうんと頷いて少し笑った。そうすることで元気になれたような気がした。
壁にもたれて溜め息をつく。あと少しすれば、雨の多い湿った時期が去って、乾いた時期が半年間続く。そのちょうど中間の日が、新しい年の始まりの収穫の日だ。結局二杯淹れた茶の一杯を、一口すすった。
薬草の種のまき時もその頃だったなあと考えながらぼうっとしていると、戸口から聞き慣れた声がした。
「やあ、兄さん」
「……ああ、帰ったか」
努めて、冷静に。何も顔に出さぬように。本当は、全てこの心優しい自分の弟に打ち明けてしまいたかったが、これは自分と彼女の間の問題であって、弟の問題ではない。
「……そなたも茶を飲め、テレノス。沸かしすぎた上に淹れすぎた」
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