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「……またか、兄さん」
テレノスは苦笑した。兄の癖だ、責められている時や居心地の悪い時になると、必ず茶に手が伸びて、大量に沸かす。その後で、二人一緒に腹が満たされるくらい茶を飲んだものだ。今はましになったが、まだその癖は抜けてはいないし、これからも抜けないだろう。
「……うん、まあ美味しいからいいんだけど」
弟が一口飲んで、言った。
「……当たり前だ、湖の水の量ほどを今まで沸かしてきたからな」
この近くのさほど大きくない湖のことを言っているのだろう。兄は表情一つ変えなかった。テレノスは言ってやった。
「で、今度は何だい?」
「……そなたの問題ではない、案ずるな」
トレアンの眉がぴくりと動いた。
「ふうん、そう……ああ、さっきカレンを見かけたから少し喋ってたんだ」
今度は、一瞬顔に緊張が走ったのが見えた。横目でそれを確認してから、わかりやすすぎる反応を必死で隠そうとする兄を笑ってやった。少し腹を立てた抗議の声が上がる。
「……何がおかしい」
「だって、わかりやすすぎ。カレンに会って喋ったって言っただけでそれなんだから」
兄は微妙な顔つきになってあさっての方向を向き、茶をまた一口すすった。板壁にぽっかり穴を開けただけの窓から、朱色の混じった光が差し込んでくる。いつの間にか、夕暮れになっていた。
「――兄さん」
呼ばれて、トレアンはためらったが、弟の鳶色の瞳を見た。不安が顔に出ていると感じていたが、引っ込める必要などないとテレノスの表情が無言で語りかけていた。
「無理、しすぎ。一応さ、俺だって身内なんだから。でも、ちゃんと言わないと俺だってわからないんだ」
鼻の奥がツンと痛くなって、彼はごまかすように喉をごくりと鳴らした。これ以上喋らないでほしい、弟に向かってそう訴えたかったが、今喋れば自分が崩れてしまいそうで、トレアンは唇を噛んだ。
「カレンだって同じさ」
この弟は、自分が彼女に言ったことを聞いたのだろうか?おそらく何があったのか知っているだろう。
「自分がどうしたい、って、どう思ってるかって、ありのまま言わなきゃ伝わらないんだから。兄さんは、考えすぎ、思い込みすぎ――」
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