レフィエールの兄弟

50/50
前へ
/329ページ
次へ
 テレノスがすぐ隣に来た。まだ幼いと思っていた弟が、静かな眼差しを兄に向けてそこに座っている。喉の痛みがさらに増して、トレアンは茶のカップを置いてそこに左手をやった。 「――優しすぎ。遠回しに言い過ぎるから、誤解されるんだ。もうちょっと自分のこと、考えてもいいんじゃないか?」 「――私は、優しくなんかない。考えるのも自分のことばかりで――」  掠れて、裏返った声が喉の奥から出た。奇妙に歪んだ表情を見られたくなくて、右手で顔を覆う格好になる。 「違う、兄さんは考えてるんじゃなくて、責めてるんだ、自分を」  大きくて暖かい手が、右の手首を掴んだ。見せたくなかった涙が、こらえきれずに左頬を伝う。トレアンは、悲しいのではなかった。ただ、色々なことを後悔していた。 ――もう少し、自分が強ければ。 「……辛いんだ、テレノス。そなたのような者ばかりが、こんな私の傍にいるのだから……」  涙は止まらなかった。右目からも溢れて、視界を歪ませる。その向こうで、テレノスが微笑んだ。手の甲に、手の平に、弟の優しすぎる手の温もりが伝わってくる。まるで、氷を溶かすかのように。 「……うん、もう少し兄さんも楽にしたらいいんだよ。こんなことぐらいで誰も兄さんのこと嫌いになったりしないし、カレンだったらなおさら」  こらえていた筈の嗚咽が漏れる。右手がぎゅっと握られるのがわかって、左肩に手が置かれた。歪んだ世界が、美しく濃い朱色に染め上げられて、窓から夕暮れの涼しい風がさあっと吹き込んでくる。 「俺も、皆も、兄さんのことが大好きだから」  今日だけ、いや、今だけでいい。嬉しくて、泣けてくるもんだから、ひどい顔だと自分で思いながらも、トレアンは左手で顔をぬぐいながら弟に向かって笑って見せた。
/329ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加