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「ずっと悩んでらしたんですか?」
そんな卯月の様子を笑うわけでもなく、さりとて馬鹿にするわけでもなく、ちはやは穏やかな声で言った。
恥ずかしさの次に小さな怒りが込み上げてきて、これもちはやにとっては理不尽なものなのだが、卯月はお構いなしに毒吐いた。
「…小さな悩みで悪かったなぁ?」
毒吐く卯月に対して、ちはやはきょとんとした顔をしてみせる。
それからクスクスと笑って、いつもとは違う少し低めの声でこう切り返した。
「教師に対していう言葉ではないですけど、あなたは本当に可愛らしい人ですね」
まさかこんな形で反撃されるとは思っておらず、卯月の頭の中は軽くパニックになっていた。
「な…っ!?」
当然、反撃する言葉も口にできず、しばらく口をパクパクとさせる。
動揺を隠しきれない卯月に対し、落ち着き払った様子でちはやはこう続けた。
「とりあえず、あなたの近くに一人。家事が得意な男がいますから、困ったときには頼ってくればいいですよ」
なにはともあれ落ち着くことが先決だと深呼吸をしていた卯月だったが、彼のこの言葉に?マークを頭の中で大量発生させることになった。
「…なんだよ、それ?」
考えることも面倒になっていた卯月はその言葉の意味をちはやに求めたが、当のちはやは答える気が最初からないのか、小さく肩を竦めておどけてみせた。
「そうですね。一時間ほどじっくり考えれば、わかるんじゃないでしょうか?」
彼にしては珍しく、ちょっと意地悪な笑みを見せ、卯月に考えることを提案した。
「何が!?」
そんな彼の態度に半ば逆切れのように言い、卯月はちはやに掴みかかろうとして…膝の上にあるお弁当の存在に気付いて動きを止める。
そこを狙い澄ましたかのように、予鈴が校内に響き渡った。
「その「何が!?」の答えですよ。予鈴が鳴りましたから僕は教室に戻りますね」
時間という味方を得たちはやは何食わぬ顔でそう言い、さっさと立ち上がるとそのまま教室へと向かってしまう。
一人、その場に残された形となった卯月は、不愉快な顔をしながらもお弁当を再び食べ始めた。
「もう…なんなんだよ!う……悔しいけどやっぱりおいしいぞ。ちはや」
ちはやが座っていた場所に視線を向け、卯月は悔しそうに呟きをもらす。
素直においしいと言えない自分を、ちはやはどう思っているんだろうか…ふとそんなことを考えながら。
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