「十字架」

7/8
前へ
/126ページ
次へ
それは手に取ってみると、とても軽くて、持っているという実感があまり湧いて来ない程だった。 私の指にかかった銀の鎖は光の加減で、場所によって微妙に明るさが違い、それによって持ち上げられた十字架は、その向こうに見える祭壇の十字架と同じ形をしていた。 ゆらゆらと揺れる十字架が場所によって、一定のリズムできらっと光る。それは純粋に綺麗としか言いようのない光景だった。 きっと「心奪われる」という言葉はこういう気持ちを表わしたものなのだろう。 「気に入った? それ」 彼の言葉にふっと意識が十字架から抜け出した。 真一君の言葉に、私は笑顔もなく、ただうなずく事しか出来なかった。 まだ意識が少しぼーっとしている。完全に十字架に魅入られてしまった自分がいた。 他人のものだけれど、ひどく自分の心の中の大きな部分を掴まれた感じがする。 「ほしかったら、あげるよ」 彼は聖堂に響く牧師の声に重ねるように、優しい声でつぶやいた。 「え...、でもほら、..あれだし」 まだ口が上手く回らなくて、ちゃんと言えない。 今日も付けていたという事は、彼は少なくともこの十字架が気に入っているはず。 嫌いなものなんて付けはしない。 それを私がもらうと言うのは- 「他にもっとお気に入りがあるから。いいよ」 私の考えを読んだような言葉だった。
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加