嵐の前の静けさ

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バゴォン! ドアノブ式のドアが、開閉式のつり橋のように勢いよくぶち破られた。 握っていたコントローラーをもったまま、硬直していると、 暗闇の中に、頬に大きな傷を付けた、現玄武組若頭にして副組長を務めている親父の姿がそこにあった。 整髪料でガッチガチに固まったオールバックを上下に揺らしながら、暗闇に眼光を光らせながら、ズカズカと室内へと入ってきた。 ばれないように部屋の電気を消し、音もミュートにして万全の体勢を図っていただけに、このときは言い訳も思い付かなかった。 「勝手に入ってくるなよ」 目の前に立った父に向けてとっさに出た言葉は、思春期の中学生が親に言うようなものである。 「…またオメェはそんな女々しいもんやってやがんのか」 「うるせぇな、俺の勝手だろうが」 「……お前、親に口答えとはいい度胸だな」 途端に青筋をたててドスを利かせて唸る親父(婿養子)。 ともすればその平たく、固くなった拳が自分の右頬に襲いかかってきそうな様相で、 眼光など、完全に肉食獣のそれである。 以前ブチキレた親父に、タコ殴りにされた舎弟の奴は、完全に顔の形が変わってしまっていた事をふと思い出したが、 世の中『慣れ』というのはすごいもので、そんな臨戦態勢の父の姿も、15年間目の当たりにしてきた俺には全く驚異には感じられないのだ。 身内には身内にしか分からない事情というものがある。 俺は鬼の形相の親父に向かって、 「じいちゃんと母さんにヘコヘコしてるやつに女々しいとか言われる筋合い何かねぇよ」 「お、お前……」 一瞬で怒気が狼狽の色に変わった。 ヤクザの世界ではまだ家長制度が残ってるかと思われるが、ハッキリ言ってそれは間違いである。 今現在、家は両親と祖父(組長)の4人構成だが、 組以外の家族での力関係は母親が1番高くて親父が1番低い。 婿養子として迎えられた親父は、祖父に頭が上がる訳もなく、そんな親父の様子に俺が尊敬の念を抱くはずもない。 時折、親父が母にアゴで使われている姿を見て気の毒に思う事はあるが……。 よって、地区で最大を誇る玄武組系のヤクザにおいて、その頂点に立っているのは、体に墨も入っていない母親なのである。
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