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長い長い沈黙。
父はようやく口を開いた。
「取り敢えず座りなさい」
そう言うと、父の真向かいにあるソファーを指差した。
俺は無言で頷くと、言われた通りに座った。
そして父は右手を差し出した。
どうやら、握り締めているこの離婚届を返せということらしい。
俺はまたも無言でそれを返した。
父は受け取ると、シワになったそれを二つに折って、再びテーブルの上に置いた。
「お前はどうしたいんだ?」
「へ?」
突然の質問に、思わず変な声が出てしまった。
しかし父は、真顔で話を続けた。
「かけおちでもして、この家から出るか?」
…え?
「は!?え!?なんでそんな話になる訳…!?」
「静かにしろ。母さんが起きるだろう」
「………。父さんは、そうして欲しいの?」
父はまた無言になった。
しかし先程明らかに違う。
動揺のような、迷いのような…どこか変だ。
だって目が泳いでいる。
なんだろう。
言葉を選んでいるのだろうか。
というか父は、俺のことをどう思っているのだろう。
やはり気持ち悪いとか思っているのだろうか。
だから、家から消えて欲しいというように、遠回しにさっきの質問をしたのだろうか。
なるべく無難な言葉を選んでいるのか?
駄目だ、分からない。
「…和也には、ここに居て欲しい。だが母さんだ、問題は」
「……。」
「母さんは、今のままじゃお前と居れない。と言ったんだ。つまり、同性愛を認めないと言うことだ」
「あの様子じゃ、余程ゲイが嫌いらしいね」
「それで、だな…和也」
父は決心したかのように、こちらを見据え、背筋をピンと伸ばした。
つられてこっちも姿勢を正す。
父は、ゆっくりと話し出した。
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