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声がする。
俺を呼ぶ声が。
もうこのやり取りは、俺達にとってお馴染みとなった。
こいつは悩んだ時、決まって俺の所にやって来る。
「別れるかもしれない」
「は?」
思わず口が開いた。
何を言ってるんだこいつは。
俺は食べかけのパンにかじりつき、食事を再開した。
俺達はいつものように、屋上で昼飯を食べていた。
屋上には俺達しかいない。
立ち入り禁止だから、誰もいないのは当たり前なんだけども。
隣には親友の隆樹。
俺はこいつの相談役でもある。
主に恋愛の。
「今度は何したんだよ?」
「なっ…!失礼だな健!毎回俺が悪いみたいじゃねぇか!」
「みたいじゃくて、そうなんだろうが」
そう、こいつには彼女がいる。
交際半年。
隆樹は倦怠期に悩んでいた。
最近それで悩んでいることは知っていたが、うまくいってないのにはもう一つ理由がある。
「まーた浮気か」
「浮気じゃねぇよ。ただ一緒にご飯食べに行っただけだ」
「へぇ…他の女と2人きりで夜遅くに食事ですか?」
「…う」
こいつは浮気癖が酷い。
彼女のことはちゃんと好きなのに、なんで浮気をするのか。
彼女はこいつ一筋なのに。
浮気なんで一度も無いのに。
ああ…彼女が可哀想。
俺は大きな溜め息をつかきながら、缶コーヒーを飲み干した。
「なんこう、刺激が足りないんだよなぁ今の彼女」
「刺激?」
「こうビリッとしたものが無いっていうかさぁ。いやめっちゃ可愛いんだけどな!」
隆樹は何故か大笑いして、寝転がった。
そして、さっき食べたおにぎりを包んでいたラップの玉を、俺に投げつけてきた。
「うわっ、投げんなよ!きたねぇな!」
「綺麗と言え!」
また隆樹は大笑いした。
変な奴。
本当に変な奴だ。
けど、そんなこいつが好きな俺も変な奴なんだろう。
何故俺は浮気が平気なのか。
何故こいつを叱らないのか。
何故俺はこいつが好きなのか。
何故、彼女がいるのに諦めきれないのか。
「ん?どうした健」
「なぁ、お前、刺激が足りないって言ったよな」
「言ったけど?」
俺は変なのだ。
だからこれから俺が言うことはしょうがないこと。
変なこと言ったって、変なのだからしょうがない。
このやけに早い心臓の音も、俺が変だからに違いない。
そんな無茶苦茶な理由を立てて自分に言い聞かせた。
俺の言葉でどんなことになろうとも、動じてたまるか。
「俺と付き合ってみるか?」
*end
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