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揺れるバスの中、アイナイ シンはヘッドホンを外した。斜め前からヒラノ ガクが何か言っている。
「ン」
シンはヘッドホンを隣の席に置き短く切った髪をかきながら席を立った。ガクがしきりに何かを指差している。髪をワックスでくしゃくしゃにセットしたガクはめちゃくちゃチャラい。
「なによ」
シンがガクの方に歩いて行った。
ガクはにやにやしながら携帯で後ろの席に座っているミナミザワ ヒサオを激写している。
「うわッ…ひどいな…」
シンはヒサオを見てぼっそりつぶやいた。短く刈り込んだ髪にげじげじ眉毛、細い目に薄く乾燥した唇。
シンは別にヒサオが嫌いではなかったが苦手ではあった。
「そンなン撮ッたら携帯腐るぞ…」
シンは笑いながら言った。
「確かに…」
ガクも笑って携帯をしまった。
「シンも撮ったら?」
「いや、遠慮しとくわ」
そう言ってシンは自分の席に戻った。
ヘッドホンを付けなおしてシンはぼんやり前を眺めた。
今日はシン達の学校、田名部高等学校、通称田高の遠足の日だ。シン達の学級、3-4が乗ったバスは夕焼けの中学校への帰路を走っていた。
今回の遠足はクラスを何班かに分け、ある施設で自由に場所を選んでバーベキューをするという内容だった。学生生活で恐らく最後になるであろうこの遠足。少し感慨深いものがあった。
ヘッドホンをつけているのにも関わらず後ろの方から女子たちの騒いでる声が聞こえてきた。元気だねぇ。そう思いながら目を閉じようとした。
がしかし
なにか様子が変だった。
運転席から運転手の頭がちらちら見え隠れしている。
え…運転手寝てね?
シンはそう思った。妙にバスもゆらゆらしながら走っているような気がする。
はッ。まさかね…
シンはバカな考えだと思い目を閉じた。もし運転手が寝ていれば担任のモトキ又は前の席の誰かが気付くはずだ。そもそもこんな騒がしいバスの中で寝れるはずがない。
シンは背もたれに体重をかけ寝ようとした。
だが、シンが寝ようとしたタイミングでシンは馬鹿な考えを忘れようとした自分を呪った。
バスに強い衝撃がはしった。
シンは目をあけた。女子の悲鳴がヘッドホン越しに鮮烈に聞こえる。
「やッぱり…ッ」
バスは傾きながらガードレールを破り崖を落ちていく。
よく小説で人が落ちる瞬間、時間がゆっくりに感じられたという表現があるが、嘘だ。
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