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優しく笑う子だな。
浅羽緑玄を初めて見て大内蒼虎はそう思った。
背が少し高く痩せた青年は、辺りを見渡して小さく頭を下げて微笑んでいる。
彼は今日からウチの会社で働く事になった新しいデザイナーだった。
大内の下で働く事になる。
北嶋印刷は印刷屋としては老舗で、創業80年になるが、折りからの不況と時代の流れから、ただ紙に印刷だけしていれば給料が貰えると言う事は無くなっていた。
印刷屋の中にデサイン部門を作り、そこから新たな仕事を生み出して、更に印刷機を回す。
その方向にシフトしようとしていた。
大内はその立ち上げに携わり、毎日戦っていた。
古い体質の中にあって、その流れに少なからず抵抗する勢力があったからだ。
そんな中、大内は体を壊した。
自分では思いもしなかったが、過度のストレスで臓器をやられ、血を吐いて倒れた。
それでも大内は仕事を辞めなかった。
社長には恩があったし、仕事への思い入れもあったからだった。
体調の浮き沈みを見ながら働く日々が続いていた。
ある日それ見兼ねた社長が、デザイナーをもう一人雇うと言った。
大内は、大学時代の同級の話しを思い出していた。
「高校の後輩なんだけど、5年間デサイン事務所にいたヤツが仕事を探している」
ここには若い人間が必要だ。大内は常日頃そう思っていたから、直ぐ同級の男に連絡を取り、その後輩を紹介して貰う事にした。
浅羽はそうして、今ここで挨拶をしている。
「浅羽緑玄です。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」
小さな声でそう言って、後は皆の自己紹介を黙って聞いていた。
終始優しい笑顔のままだった。
しかし黒目勝ちのその瞳に新しい環境に期待をしているだとか、そう言う前向きな感情を見てとる事は出来なかった。
或いは、デザイナーの大内だからこそ気付いたのかも知れなかった。
仕上げの二人は、
「良さそうな子が来たね」
と言ってただ喜んでいた。
社内の第一印象は概ねその様だった。
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