第一章「新人」

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ミホは生まれてこのかた十八年間ただ一度も染めたことのない、ややざんばらな黒髪を人差し指に巻き付けてため息をついた。だが、ため息の風は軍服に跳ね返され虚しく戻ってくる。まだ新しい軍服の臭いがする。昨日まではまだ学生用の軍服だったことを思い出す。よれよれのあの学生用軍服に袖を通すことはもうない。 「試験なんか───試験なんかに合格しなくても良かったのに」 そうミホが呟くのも無理ない。ミホの成績はお世辞にも良いとは言えない。今回の試験も三百人中三百位という結果で、あと一歩でもう一年学生生活を送るところであったのだ。もっとも、それこそミホの望む結果だったのだが。自分の周りの人間が全て自分よりすぐれていることが既に分かり切っている。食うために軍人になったとはいえ、ミホにはそれが辛かった。 「どうした、どうした。ため息なんかついて、んなことしてっとすぐに老けるぞ」 突然後ろから話しかけられてミホは驚き、身体をわずかに震わせた。聞き覚えのある声である。だが聞き慣れた声ではない。ついさっき聞いたような声。 「マ、マグナム教官!」 振り返ると先程去っていった新しい教官・マグナムが立っていた。水王星の出身者である証の濃青色の髪は癖毛で、それを嫌うかのように髪は短く切られている。左襟に輝く中佐を示すバッチに似合わない二十代だと思われる笑顔がミホを見つめている。その笑顔に呑まれたせいか、それとも単純に驚きのためか、ミホは数秒マグナムの顔を見つめてから慌てて敬礼をした。マグナムもゆっくりと右手を挙げ敬礼を受ける。 「それよりどうした? こんなところで。他の奴らは見学ツアーやっていたぞ。お前は行かないのか?」 「いえ…その…あの───えーっと、少し迷っているんです。どこへ行こうか思い付かなくて…いえ、思い付きませんで」 実際にそうであるから正直に答えるしかない。すると、マグナムは吹き出しそうな顔をし、案の定軽快に笑った。頭のねじでも弾け飛んだか、ミホは一瞬そう思ったが上官に向かってそんな口がたたけるはずもなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
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