序ノ節

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……匂いがする 鼻を突く強い刺激臭だ 常人なら地に突っ伏してしまうであろうこの匂い だが、彼には? 辺り一面紅い液体に濡らされた、それは地獄絵図にすら見える村にただ一人佇む彼には この刺激臭は彼をどうさせるのだろうか 苦痛? 憎悪? 悲哀? ……否、どれすらも当てはまらない それをおもむろに手にすくい、 鼻に近付けては深く呼吸をする その刺激臭を身に感じる彼の表情は何か? 優越感に満ちた笑み 吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返し、彼はその笑みを深くする その時であった、 背後に一つの気配を感じたのは 彼は振り向きその気配を目にする それは、手に血が滴る刀を握った15前後であろう少女 暫く両者沈黙の睨み合を続けた後、先に口を開いたのは少女だった 彼女が放った言葉はこれ 「この……人殺し!!」 あぁ、何度幾度聞いた言葉だろうか その耳が腐れ落ちてしまうというほど聞いてきたその言葉を、 彼女は目尻に涙を蓄えながら吠える それは常人なら、悲しみの感情と受け止めるであろうその表情も 彼にとっては、 ただ人形が口を動かしこちらを見ているようにしか見えていない そう一声吠えた少女は、 その手に握る一振りの刀を 彼目がけて降ろす どすり、と鈍い音が静かに響いた 地に滴り落ちる紅い液体 それを滴らせる者は 「………あぁ……ぁ……」 ………少女 腹に深く彼の刀を刺された少女は、ゆっくりと地に膝を付き、 刀を抜かれると同時に崩れ落ちた 崩れるそれを見た彼は、 またその顔にうっすらと笑みを浮かべ、踵を返すと歩き始める 去って行く彼の後ろ姿を、 薄れ往く意識の中少女は一言放つ 「この恨み……お前の生涯永遠を……呪い通してくれようぞ……」 そんな言葉も彼には届くこと叶わず、微かに揺れる命の灯火も 紅に濡らされた村の中、静かに消え去った 村を出て、彼は左手に違和感を感じる ふと見れば そこにあるはずの自分の腕はなく 黒く毛に覆われた野獣……妖(アヤカシ)の腕がそこにはあった 困惑する彼を余所に、 その腕は自分の意のままに動かす事が出来る そこで彼は気付いてしまった
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