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幸助は携帯電話の着信履歴を呼び出し、そこにある美奈の名前を見つめた。
「で、なんで美奈のこと訊いたんだよ?」
「今の電話、菜摘と話してるような感じじゃなかったからな。買い出し頼んだくらいで『お疲れ様』なんて菜摘に言う訳がないから、もしやと思って訊いてみた」
事実、美奈が彼らに電話をすることは皆無で、いつも連絡はメールだった。そうでなくとも彼女は大抵菜摘と話をしており、彼らに自分から話しかけること自体がまれなのである。
「ちょうど良い機会だからお前が俺と同じ事を考えてるのか確かめたかった……というのもあるが」
「ふーん?」
ラジオの音を大きくしながら、幸助は欽二の横顔を見た。手本のような姿勢で、視線を適度にミラーにやっている。車は再び交差点の信号に引っかかって止まった。車体の左側を原付がすり抜けていく。
「欽二、お前もしかして美奈が好きなのか?」
幸助には鎌を掛けようという意図が全くなかった。欽二には変化球よりも直球をぶつけた方が良い。そうすれば、まっすぐな答えを打ち返してくれるからだ。その親友に対しては。
「かも知れない、と思うことはあっただろうな」
欽二は全く動揺の色を見せない。曖昧な言い方をしても、彼の本心はどこまでもまっすぐだ。
「お前が言ったように、悪い女じゃないからな。でも何か影を抱えていて隠し事が多い。そんな女、俺は好きにはなれん」
「……そう言うと思ったよ」僅かに笑いながら、幸助は言う。
「お前はどうなんだ? 美奈のこと」
欽二は正面を見据えたまま尋ねた。
「さあ。嫌いでないのは確かだけど……そもそも、俺に誰かを好きになるなんて出来るのかね」
そんな悲しげな呟きに対し欽二はすまんと謝り、幸助はドアにもたれかかりながら別に大したことじゃない、と返した。欽二が言葉を継ぐ。
「女は美奈や菜摘だけじゃないんだ。その時が来たら、自然とそうなってるんだろうよ」
この言葉は励ましでも弁解でもない。過去を引きずる青年への、ちょっとした気休めに過ぎない。幸助もそれを理解していた。
「……だと良いな」
携帯の画面を着信履歴から待ち受けへと切り替える。四人の写真を一瞬だけ見て、折りたたんでポケットにしまい込む。
彼らの目の前には、待ち合わせのスーパーの看板が見え始めていた。
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