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「えと、名前なんだっけ?」
彼がそんな風に言ってきたので、「あまのみな」とだけ返す。
「どういう字?」
「天国の天に、野原の野で天野。それから美しいに神奈川の奈で美奈」
「綺麗な名前だな」
親から貰った名前を誉められて、気分を悪くする者などいない。美奈は純粋に嬉しかったのだが、素直に嬉しさを表現したりはしなかった。
「……ありがとう」
その冷たい言葉に青年は軽く笑う。今度は彼が名乗ろうとするが、美奈がそれを言葉で切った。
「たかのくん、だっけ?」
「うん、大体合ってる」
「そう、じゃあたかのくんって呼ぶね」
訂正しなかった彼も彼だが、これはそうしなかった彼への、美奈なりの意地悪である。
「いや、幸助でいいよ。他の友達にはそう呼ばせてるから」
この男、相当酒が回ってるのかも――そう思った美奈だったが、何故だか彼を嫌いにはなれなかった。自分から近づいた手前、そういう考えには至れない、というのもあるが。
「じゃ、幸助君」
「ところで天野さんって何年生?」
「一年生だけど」
「じゃあ同い年じゃん。呼び捨てでいいよ。代わりに俺も美奈って呼んでいい?」
さすがにこれには反発心を起こさずにはいられなかった。顔が赤くなったのは、酒が回ったからだけではないはずだ。
「それはやめてよ。周りにデキてるって思われたら……」
誰も困らないが。
「そっか、ごめんね、天野さん。ちょっとしたジョークだから」
とはいえその呼び方も、彼女には他人行儀らしくて嫌だった。しかし呼び捨てにされるのも違和感がありそうだ。そんな矛盾したことを思いはしたが、呼び方一つにこだわっている自分がバカらしくなり、気分を紛らわそうと口に酒を含む。
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