“日陰の蜃気楼” 七七七 幽月

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「…あ!あのぅそういえば… あはは!は…は…えっと… お名前!お名前なんて聞いてなんかなかったりです…ね?」 「…“七七七 幽月” 」 「ななみ…ゆづき…? あ、あ良い!良いお名前ですねえ!なんちてっあはあはは…」 「………………………」 「……あ…うぅ………」  ――こうして向かい合って 既に小一時間は立つだろうか “自由に寛いで良い” と私が言ったきりこんな風だ 少し押し黙ったかと思えば 厄体のない話をしだす。 どうも紅美鈴さんは よく喋る人らしい。  気になっている事と言えば テーブルの上に置かれた紅茶が 私が置いたその位置から 微動だにせず一口も飲まれずに 完全に、冷めてしまった事だ。  紅さんはひょっとして紅茶が嫌いだったのだろうか、中国人というのは茶しか嗜まないのだろうか …いや元々紅茶のルーツは茶なのだから、それは偏見か。 しかし、目の前の紅さんは 先程から神妙な面持ちで眼の焦点も定まっていないようだ。 何かの自覚症状だろうか… 多少の発汗も見られる 「えーと…えーと…ふぇ?」 「これ」  ――私は 読みかけていた小説に栞を挟み 椅子を引いて立ち上がると 「え?あ…ハンカチですか?」 「…………」 紅さんにハンカチを手渡した。 受け取った紅さんは ひたひたとハンカチを額に押し当てながらも、 やや逡巡するようにちらちらと 私の顔を窺ってくる …肌に合わないなら仕方ない 私の配慮が不足だったようだ。 「 紅茶…嫌いなら…」 「…………ほぇ?!ああいやそんなっ!違うんです!……っぷは!ほら大好きですよ!」  私が茶と取り替えようと 掴みかけたカップの取っ手を 至極、慌てた様子で紅さんが 光速の速度で奪い ぐっと冷めた紅茶を嚥下した。 …紅茶は関係ないのか。 しかし、そんな一気に飲んで噎せないのだろうか、 何となく、そう思いながら 傍らで紅さんの様子を見守る。 「えっと、幽月…さん」 くるりと 顔をこちらに向け 紅さんが私の方へ向く …そういえば下の名前で呼ばれたのはお姉ちゃん以来だな と脳裏にその声が蘇る 「……あの一つ…いえ少し… お聞きしたいのですが………」 「………………」 「無口…なんですね」 …よく 云われる――  
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