前菜『杏仁豆腐』

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「……………」 「あたた…痛いですぅ」 何故ならその人は 空中で 軌道を変えて傘立てに頭から突っ込んだからだ。 「お怪我はありませんかぁ?」 「……」 やけに人懐っこい顔で私の安否をそう確かめてくる。 というより、むしろ泥棒さんの 額にこぶが出来てる…痛そう。 心配されずとも かなり強引にだが、軌道を反らしたお陰で私への被害はゼロ。 …あぁ、家の中の諸々の被害はゼロかどうかは疑わしいが 「………」 「あっあの~コホンコホン」 傘立てをきちんと直した後 立ち上がって頬を綻ばせながら 「あの…わたし怪しいものではないんですよ~えへへ」 と、怪しい泥棒さんがそんな自己紹介をいきなり始めた。 いきなり自己否定から入るとは どんな被虐精神の人なんだろう …冗談よ というより 見知らぬ間柄でもこんな切り込み方されたら誰しも怪しい人だ そんな具合で 私はいつもの生気の通わない眼でその人を観察していた 相変わらず起伏の少ない感情だ 少なくとも日常ではない非日常に遭遇しているというのに 私、七七七 幽月[ナナミ ユヅキ] の精神は揺るがない 「――始めまして! わたし、紅 美鈴[ホン メイリン] っていうものです! えっと今行く宛がなくて困ってて… だから今晩泊めてくれたりしたら えへへぇ…」 「…………」 ――そう言って 私の方へと握手を求める様ににこやかに伸ばしてた左手… を私は無視して 「……」ギィイバタン――ガチャ 開いた扉を閉めて鍵をかけた。 『ぅえ?あれ?どうしたんですかぁ~?開かないっ…なんで鍵を閉めちゃうんですかぁ~?』 扉の向こうからくぐもった声が 聞こえるが無視する 「…ふぅ…」 そんな自分の家の扉に とさっと背中を預ける私 ――色々と、 考えるべき事項はある。 鍵を閉めたのは、それらを頭の中で整理したかったからだ。 だが これだけは訂正しておこう あの人は “泥棒さん”ではなく―― “中国人さん”という事を。  
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