7948人が本棚に入れています
本棚に追加
「違えよ愛斗! いや、違いますよ愛斗さん! 俺はただ一年間過ごした教室を離れるのが名残惜しくて、う、嘘じゃないぞ!?」
「そういうのいいよ夏樹。……俺ら親友だろ?」
失態をバラされないかとヒヤヒヤする俺に、愛斗は大人の風格漂う静かな笑みを向けてきた。
た、助かったのか?
安心した次の瞬間だった。
愛斗はいきなり回れ右をして俺に背中を向けるや否や、階段目掛けて走り出した。
俺は呆然とそれを見送り、一瞬後に自分の犯したミスに気付く。
「安心しろ夏樹ー。HRが始まるまでにはみんなに事実の十割増しで広めてやっからー」
「親友が裏切った!」
謀られた!
愛斗との差はすでに約五メートル。
出遅れながらも俺は愛斗のあとを追って階段をかけのぼる。
あいつ最低やろうだよ!
十割増しってもはやただの嘘じゃん!
そんなことはさせまいと今日二度目の全力疾走を敢行する俺だが、いかんせん分が悪い。
二年生の教室まで、階段を直線に換算してもせいぜい二十メートル。 おまけに、五メートルのアドバンテージ付き。
その差は歴然で、俺が二階に上がった頃には、愛斗の姿はどこにもなかった。
「あのやろう……」
行き交う学生は知ってるやつばかりで安心はしたものの、今はそれどころではない。
クラス替えの紙を見ていない俺は、愛斗のクラスも、ましてや自分のクラスさえ知らない。
端から手当たり次第当たっていけばいずれ辿り着くだろうが、それでは手遅れだ。
くそっ。
今頃あの単細胞イケメンが狂喜に満ちた表情で俺を陥れようとはしゃいでるかと思うと、こめかみの筋が切れそうになってくる。
最初のコメントを投稿しよう!