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この時、俺は直感した。
もし沙耶の肩に腕を回せば、俺は楽になれる。
樹里のことなんて忘れて、前に進むことができる、と。
最低な考えだと思う。
しかし、沙耶同様に心をすり減らしボロボロになった俺に、それを否定する気力なんてなかった。
「軽蔑したいなら、してくれて構わない。そしたら、あたしは夏樹を綺麗サッパリ諦めるから」
「…………しねえよ、そんなこと」
「だったらあたしを抱きしめて。曖昧な答えなんて不安になるだけだから」
「…………」
答えない。
──代わりに、俺はゆっくりと手を伸ばして、優しく沙耶の体を引き離した。
「え…………?」
俺の行動に沙耶は信じられないといった顔をする。
はっきりいって、俺にもどうしてこうしたのかはわからない。
ただ──
沙耶を受け入れることを、俺は良しとしなかった。
楽になれるとわかっていても、樹里に傾いたままの心は頷かなかった。
それは自分でも理解できない感情であり、でも意地になってでも守り通したい感情でもあった。
いわば最後の心の防波堤だ。
この期に及んでもなお、俺は妥協した今ではなく苦難の先にある樹里との未来を望んでいた。
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