出逢いの春

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 かざした手、正確にはその側面だけが赤く腫れていて、反対側の手でおそるおそる触ると熱を持っていた。  ……俺は何をしたんだ?  破壊された時計と痛む右手。  どう考えたところでこの二つが結びつかない。まったくの謎だ。  頭は相変わらず回転が悪く、俺は欠伸を噛みながら今度はもう一度破壊された時計を見る。  上部中心から大きく縦にひびが入っていて、どう考えても単純な落下による故障ではない。  時間を表す針は機能停止し、アラームが鳴るよう昨日の夜に設定した七時を示したまま固まっていた。  …………ん?  俺はこの時、背中がゾクリとするような、血の気が引いていくような、そんな感覚を覚えた。  そういえば、アラームって鳴ったっけ……?  顔が青ざめていくのが分かる。  ようやく頭が冴えてきて、徐々に自分の置かれている状況が見えてきた。  今日は四月あたまであり、俺の通う高校の始業式がある。  で、この度無事二年に進級した俺は、当然この行事に参加しなければならない。  そして、破壊された目覚まし時計と、いまだにベッドの中で横たわる自分。  これらの事柄が示す事実は、バカな俺にでも理解できてしまうほど単純明快だった。  や、やっちまった……。  俺は携帯を開いて時間を確認して諦めをつけるように数秒ばかり考えたが、そんなことやってる場合じゃないと思い直して脱兎の如く寝間着を脱ぎ捨てた。  そこにあった時間は八時四十分。  あと二十分もすれば、始業式が始まる。というか、半から始まるHRにはすでに遅刻していた。  俗にいう社長出勤である。  青ざめるどころか、今度は全身の血液が沸騰した。  俺は無駄のない動きで五分で身支度を済ませると、急いで部屋をあとにした。  ──と、ここまでが回想で、現在に至るわけである。  良い子のみんなはもう分かったと思うけれど、回想したところでただの寝坊だった。  寝坊に理由なんてあるわけがない。  で。  ここまで懸命に走ってきた俺だったけれど、とっくの昔から息は上がりもはや息絶え絶えだった。  桜並木が咲き誇る通い慣れた通学路にさしかかる。しかし、同じ制服を着た生徒の姿は当然なかった。  これはマズイ……。  今さら焦りが膨らんできた。  俺は無理を承知で重い足を懸命に走らせた。
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