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まるで何も映っていないスクリーンが視界を埋め尽くす様な不快感…。
指先も頭も痺れたみたいに感覚が鈍く、でも自我は崩壊していない。
恍惚とした、何もない世界━━━━。
俺…誰だっけ…?
━━━━近くを駆け抜けた車は排気ガスの残り香だけを置いて消え去り、その音で意識を現実の中に見出した。
…見覚えのない風景。
道路沿いに立ち尽くす表示板は、あと数キロで札幌市の中央区に入る事を伝えている。
じゃあ俺の名前は━━━━そうだ。俺の名前は竹田。竹田 満だ。
ポケットの中には知らない携帯電話…ベルトには見たこともない拳銃(モーゼルM712)が差し込まれており、財布を入れていたはずの上着のポケットには、分厚い札束が押し込まれていた。
また知らない間に何か…不安に駆られた矢先、満は自らの手のひらにこべりついたそれに気付いた。
…血。それも数滴どころではない。手のひら一面が赤黒くなり、それでも余ったらしい何者かの血は手首や指の合間から地面に首を伸ばしては滴を落としていた。
とっさに手を無茶苦茶に振って払おうとはしたが、脳は目の前の状況を処理しきれずにぼうっとしており、ただただ手を震わせて手のひらとにらめっこするのが精一杯だった。
「おい、どうした?」
声をかけられて思考が途切れ、しかし振り返った満は目を剥いた。
「君!何だその手は!?」
濃紺の制服、腰にぶら下げた伸縮式警棒と拳銃━━━━警察官は手のひらを見るなり驚きを隠さずに訊き、満は言葉に困って視線を落とすしかできなかった。
「い、いや、その…なんでもないです。」
「何でもないワケないだろ!?怪我して━━━━お前!何だそれ!」
銃がバレた…認識してからは早かった。
満は力任せに警察官の手を払いのけると、冷淡な触感のモーゼルを手探りで抜き出して警察官に向けたのだった。
「頼む。見逃してくれ…あんたを撃ちたくない。」
「バカな真似はやめろ!銃を下ろすんだ!」
「俺にも何が何だかわからないんだ。許してくれ!」
警察官の喉笛に打撃を見舞うと、満は走り出した。
後方から警察官の制止と銃声が響くがそれらを無視し、目に付いた曲がり角を次々と曲がって逃げた。
そうして人気のない路地に入ると、その場にしゃがみ込んで呼吸を整える。
どうしてこんな事に…考えていると、また意識が遠退いていくのがわかった。
クソっ━━━━満は抵抗したが、意識は再び純白の世界へと落ちていったのだった。
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