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カーテンが開かれた窓から差し込む日光が顔を暖め、満は珍しく心地良い目覚めに迎えられた。
しかし…ゆっくりと動き出した思考の中で辺りを見回すと、見えてきた不気味で不愉快な現実に気分は引き裂かれた。
得体の知れないシミや不規則な傷がついて剥がれかけた壁紙。
美術品と呼ぶには色気のない家具。
今では殆ど見かけない分厚いテレビの側面には、これまたレアなペイチャンネルの機械━━━━血塗れの衣類とタオルが椅子に掛けられていた。
何で血が…思うと、満は慌てて自分の体を確認した。
━━━━ない。
出血も傷も、治療した痕もない。
じゃああの血は━━━━陽の光の遥か彼方へと消え去ろうとする記憶を必死につかもうとしたが、その全貌を捉えることはできなかった。
しかし瞳に突き刺さるその光の中、白黒映画みたいに瞼に蘇る光景があった。
見知らぬ場所を歩いていて…チンピラにからまれ━━━━そうだ。『アマテラス』だ。
奴等が言ったその言葉を頭で認識した途端、意識が途絶えたのだ。
憎悪とも悲しみとも言える黒い影がどこからともなく現れたかと思うと、それは満の意識をどす黒く染めながら覆った…それだけは覚えている。
━━━━「わからないか?」
驚いて体が弾け、満は見た。
机の前、椅子に前後逆の状態で座って背もたれを抱える男の姿。
その手には、血が付いたあのタオル。
「だ、誰だよ、お前…。」
「俺はお前さ。知った顔だろ?」
言われたが、見知った顔には到底感じられない。
彫りが深い外国人みたいな顔立ちに、しかし日系人独特の黒い瞳は満を真っ直ぐ見据えている。少し無精髭があるが整ったその顔立ちは20代半ば、あるいは後半くらいに思える。
…少なくとも、その顔が満のものには思えない。
「し、知るかよ。お前なんか知らない━━━━それに何だよ。」
「何が『何だよ』?」
「俺とアンタはどう見ても別人だろ!どこから入ったんだよ!」
思いがけない出来事に狼狽えてしまった満を見て、彼はあからさまに嘲笑した。
「俺のどこをどう見たら強盗に見えるんだ。俺は何も知らないお前に色々と教えてやろうと思っただけさ。」
馬鹿にする様な髭面の態度は、満の怒りを呼び起こす。
「じゃあお前は何だ!お前が俺の何を知ってる!俺の事なんか何も知らないだろ!」
そのセリフを待っていたのか、髭面はニヤリと笑ってバスルームを指差した。
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