Prologue~序章

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「見てみろよ━━━━鏡は嘘つかないぜ?」 漆黒の眼が満を射抜くと、満はバスルームにゆっくりと向かった。 俺は間違ってない、とでも言いたげな自信満々の立ち居振る舞いに疑念と怒りを感じてはいたが…満の足取りは重い。 …何が怖いと言うのだろうか。 ただ自分の顔を見るだけだ。そこには猛獣も毒蛇もいないし、罠も地雷もない。 だが、足はそれを拒む。 ええい━━━━満は腹を決めると、バスルームに突入して洗面台の前に立った。 鏡に映る自分…彫りが深い顔…つい先刻目にした顔が目の前、鏡の中で驚いた表情をしている。 その姿を否定する気持ちは手を動かして自身の顔に触れさせたが、その感触は鏡のものとは違う感触だった。鏡に映る顔ほど彫りが深いと感じないのだ━━━━だが鏡の中の姿はどう説明できるというのか。 「見えるだろ?鏡は嘘つかないぜ?」 バスルームの戸口で嘲笑する奴に、満は反論のセリフを見いだせずに鏡を見るばかりだった。 何度、内心で否定したところで鏡は映し出す顔を変えない。 「そんなに驚くなよ。それがお前だろ?俺はお前で、お前は俺だ…何でお前は俺を否定するんだ。何も覚えてないくせによ。」 その言葉が満の脳髄に深く突き刺さり、とうとう満はその場に崩れたのだった。 「どうなってる…俺にどうしろってんだよ!」 「いいか?お前は間違ってる。『竹田 満』はこの顔だ。それに弱音は吐かない━━━━お前は俺の中の罪悪感と偽善の心が生んだ人格に過ぎない。人を殺した事に対する、な。」 「人を…殺した…?」 鏡にいた顔が近寄り、満の肩を叩く。 「ああ、だが気にする事はない。俺達が殺ったのは『天照日本連合会』っていうクソみたいな犯罪者の集まりだ。もう一つの人格を作っちまうくらいの後ろめたさなんかいらない。だからお前が存在するのもおかしいのさ。」 殺人…? 犯罪者…? 罪悪感と偽善の人格…? じゃあ俺は━━━━ここにいる俺は…? 怖くなり、満はその手を払って相対した。 「ち、違う!俺が『竹田 満』だ!お前じゃない!」 「記憶がないくせにナマ言ってんじゃねえよ。お前は本当の『竹田 満』じゃない。…だからもう消えろよ。」 直後、満の腹部に鋭い痛みが走る。 そしてじわじわと熱が集まるのを感じながら、満の意識は急速に漆黒へと落ちていった。 「クソ…何を…。」 「外野は外野らしく、ひっこんでりゃいいのさ。邪魔だからな。」
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