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机に伏せ、ボーッとしていると入口に吊していた鐘がカランカランと鳴った。
お客か!
私は胸が高鳴った。
「秀ちゃ~ん~~
ミッチーが会いに来ましたよぉ~~」
「うえっ……」
私は口元を押さえた。
「もう照れ屋さんなんだから~~」
この低いだみ声。
間違いなかった。
近所のゲイバーに勤めているニューハーフの美智子さん。
もとい、本名は田中雄三さんだった。
「雄三さん。
な、何の用ですか!?」
私は机に伏せ、受付越しの入口を見ないようにしていた。
「その美しい顔を見せてよぉ!
ねえったらぁ!」
「うわっ!?」
私は顔を上げた時、モンスターを見た。
何かが受付のガラスに張り付き、顔を擦りつけていた。
「綺麗な顔をやっと見せてくれたわね!
あ~ん~~
本当に食べたいくらいかわいい顔よ~~」
「や、やめてください!」
この人は何だ!
現金受け渡し口から手を伸ばしてくるし!
私は椅子ごと、体を後退させた。
「あ~ん~~
逃げないでよぉ!」
「逃げたくもなります!
今日の用件は何ですか!?」
「手だけでいいから触らせて!
早くしてよ!」
会話が噛み合わない!
「手はいいですから!
用件は!?」
「手!」
「用件は!?」
「手!」
「用件!」
「じゃあ唇!」
「もっと嫌です!」
互いに息つかせぬ言葉のやり取りだった。
「じゃあ唇か手だったら!?」
「まだ手のがいいです!」
進退がないと悟った私は、現金受け渡し口に手を差し出した。
「キター!
秀ちゃんの腕よ!」
「ヒイッ!」
私は驚いた。
雄三さんが私の腕にほお擦りしてるのが分かった。
「ハァハァ……
食べたいわぁ!
このスベスベした黒衣の上からでも分かるわよ!」
黒衣があっても、髭が当たってる!
ザラザラ感が分かる!
「うぅっ……
もういいでしょ!」
私は力付くで腕を引き抜き、こっち側に寄せた。
「もうせっかちさんなんだからぁ~~」
「知りません!
で、用件は?
雄三さんが来るってことは、これだけじゃないですよね?」
「…………」
「どうかされましたか?」
腕を引き抜いたことに怒ってるのか……
この人には救われてるから、多少は我慢しなきゃいけない。
「ミッチー呼んでくれなきゃ嫌よ……」
「知るかぁ!」
私はつい怒ってしまった。
何で45歳のオッサンにミッチーって呼ばなきゃいけねえんだ!
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