序章:4月某日

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 月と星達が、街灯もろくに無いような寂れた田舎町を優しく照らしていた。月光と星光の中、蛙と夏の虫達が賑やかに合唱を奏でているのが聞こえてくる。  その田舎町に建つ、廃れて、もはや所有者が誰なのかも分からなくなってしまったような、おそらくこの町で一番の高さを誇るであろう廃ビルの屋上に「彼ら」はいた。  男女の二人組でどちらもまだ若い。高校生くらいだろうか。まだ十分「少年少女」と形容できる年頃だった。  一見するとカップルの逢い引きに見えるだろうが、それにしては空気がおかしい。 「重い」のである。そこには、あのカップル特有の二人だけが別世界にいるような雰囲気は無く、どちらも黙ったままでただひたすら注意深い――というよりも、何かを探すような視線を田舎町に注いでいた。その様子はまるで待ち人を待っているかのようだ。  ――――いや、彼らは実際待っているのだった。待っているのは「人」ではなかったが。 「……おい」  唐突に少年が口を開いた。
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