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―次の日―
あの後、こってり水篠さんに叱られた私たちは、それぞれの部屋に戻され反省処分を受けた。
別に特になんということはなかったけど、始終水篠さんの視線に耐え続けることが多少苦難だったと思う。
だけど、それ以上に私は昨日の十四楼様のことで頭一杯で、幸せな気持ちが顔からにじみ出ていた。
誰かを好きになるって、こんなに気持ちのいいものなんだと私は、生まれてはじめて知ったんだ。
ツキン…―
ニコニコと掃除をしていると、ふと頭が痛む。
一瞬、脳が古い記憶を走らせた。
覚えていないのに“あった”記憶…―
自分が体験したはずなのにわからない。
そんな記憶が脳裏にほんの一瞬だけ過ったのだ。
一体…いつの…―?
そう考え込んでいると、行き成り頭を叩(はた)かれた。
「っぅ!?」
「こんダァラが、なに手ぇ抜いとぉんや?」
振り向き見上げると、水篠さんがはたきを持って私を見下ろしていた。
「いえ、そんなつもりは…」
「いいわけゃいい…さっさと持ち場さつけ」
慌てて口を開いた私の言葉を、水篠さんは間髪入れずに遮り、私を冷たく見下ろす。
「っ、はいっ!」
言い訳ではないけれど、確かに意識が削がれていたのは事実だから、私は素直に返事を返すと、それ以上なにも言わず黙って仕事を再開した。
―――数時間が経ち、仕事も一段落した私を水篠さんが呼び止めた。
「何でしょうか?」
「…ちぃーと、お前さんにとある客人の相手をしてもらいたくてのぅ…?些か性格に問題があってのぅ、しかも位(くらい)が高う上に扱いにくいことこの上のぉて、面倒がって誰も行きたがらんのじゃ…じゃからのぅ、お前さんにしか頼めんさかいに、やってくれんかんね?」
「あ、はい…別に大丈夫ですが?」
「そらよがったわぁ、お前さんならそう言うでくれると信じとったかんのぉ…、まぁ、客人の機嫌を損ねんよぉ、気ぃつけてくれりゃあええさかいのぉ、じゃ…ま、頼んだわい」
そういって、何時ものようにニタニタと笑いながら水篠さんは去っていく。
私は去り際に渡された最小限のメモだけを頼りに、その客人の接待へと足を向けた。
その出会いがまた、火種になろうことなど微塵も思わず、私はただ、客人の接待をすることだけに胸を馳せていた。
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