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『先生!こちらです…お待ちしてました』
私はテラス席から先生に声をかけた。
『あぁ、大塚さん。お待たせしました』
先生は、シックなスーツに茶色の革鞄を携えて現れた。
そして、眼鏡を押し上げながら席につきアイスティーを注文した。
仄かに先生の香水が薫った。
私は、大塚麻美。
フリーライターをしている28歳…
今日は、この司法書士先生を取材する。
彼は、一般の司法書士が行う『登記』や『相続』に関する仕事のほかに『法律相談』と言うよく解らないものを業務に取り入れて近所の老人から若者に様々なアドバイスをしているのだとか…
そこには沢山の人がやって来て沢山の悩みを落としていくのだとか…
私は、それが一体何なのか知りたくて彼に取材を持ち掛けた。
それにしても彼の事務所には(彼を筆頭に)変わり者が多い事で有名だ。
取材にこぎつけるのにも苦労した。
『司法書士の河田覚です』
先生は名刺を出した。
『失礼しました、フリーライターの大塚麻美です』
私も名刺を出した。
『あの』
『お待たせしました…アイスアールグレイティーです。ご注文以上でよろしいですか?』
清々しいタイミングでウエイターに話の出鼻をくじかれた。
先生は、出されたグラスを一瞥すると…
『君、これクリームダウンしてるよね…申し訳ないけど代えていただける?』
『申し訳ありませんでした…少々お待ちください』
ウエイターは去っていく。
私は、取材を始めようとした。
『クリームダウンってご存知ですか?紅茶に含まれるタンニンと言う成分の仕業なんです。タンニンとは苦みの成分でしてね、アールグレイにはたくさん含まれている…蒸らし時間が長すぎるとタンニンも沢山抽出されてしまうのです。そして、それが冷えると…先程のようにミルクをちょっぴり入れたかのように濁ってしまう訳です。見た目も悪い上に渋くなってしまいます…』
『お待たせいたしました。先程は申し訳ありませんでした』
別のウエイターが現れて今度は鮮やかな緋色のアールグレイを置いて行った。
『お茶の定義をご存知ですか?』
私は、痺れを切らした。
『それよりも取材をさせていただきます』
河田先生はアールグレイを飲みながら恥ずかしそうに首を竦めた。
取材は難航しそうだ。
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