電話のあと

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啓二はため息をつくと、ネクタイを外しにかかった。 しゅるりと衣擦れの音をたて、襟元から抜き取る。 それをハンガーに掛けようと手を伸ばしたとき、横顔に今日子の視線を感じ取った。 振り返ると、今日子はつり気味の大きな瞳を瞬かせてこちらを窺っていた。 しかし目が合うとすぐにそっぽを向き、知らんふりを決め込んでいる。 どうも、機嫌がよろしくないらしい。 まあ当たり前か、と啓二は苦虫を噛み潰した。 あれほど長々と着信音を無視し続けたのだ。 不審がっているに違いなかった。 「今日子ちゃーん? どうしたのかな? 不機嫌そうな顔しちゃって」 おどけて近づくと、今日子は鬱陶しそうな素振りを見せた。 犬を追い払うみたいに、手をひらひらと泳がせている。 「もう! あっちに行ってよ。邪魔なんだってば」 憎まれ口をたたく今日子は、そのつれない態度さえ可愛くて。 啓二は今日子の背中から腕を回すと、髪の中に顔を埋めた。 ふんわりと、シャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。 瞼を閉じ、胸いっぱいに吸い込むと、ささくれだった気持ちまで和らいでいくような――そんな安らぎを覚えた。 柔らかく温かい身体は、力を込めれば壊れてしまいそうに細い。 そんな儚さもまた、愛しくて。 ――やっぱり、無理だ。 啓二は今日子を抱く腕にぎゅっと力を込めた。 今日子を置いて異動など、とても出来ない。 つき合った日数が浅くても、そんなことは関係なかった。 ただ、いま腕の中にある温もりを手放せない。 それがすべてだった。
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